シンガポールで働く日本人料理人ガイド

シンガポールは世界有数の美食都市であり、日本食に対する需要も非常に高まっています。
30〜40代の日本人料理人の皆様がシンガポールで活躍するために知っておきたい求人市場の動向や給与相場、ビザ制度から、現地での生活情報や職場文化の違い、そして先輩料理人の活躍事例や日本食市場の展望まで、最新情報を網羅して解説します。

公式ブログの記事として、見出し・小見出しを用いて分かりやすくまとめましたので、シンガポールでのキャリアを検討する際の参考にしてください。

求人市場の動向:日本食の需要と求められるスキル

日本食ブームと人気エリア

シンガポールでは日本食レストランが全レストランの約9%を占め、日本食はもはや特別な存在ではなく日常に溶け込んでいます。
とりわけ日本食レストランの約54%が中心業務地区(CBD)に集中しており、オーチャードロードなど主要ショッピング街では全飲食店の1割以上が日本食店というデータもあります。

つまり、都心部(マリーナベイ、ラッフルズプレイス周辺)やオーチャード、タンジョンパガー地区などオフィス街・商業地に和食店が集積し、日本食の需要が高いエリアとなっています。さらに川沿いのロバートソンキーやクラークキー周辺、日系企業や日本人学校のある西部エリア、東部のカトン地区などにも和食店が点在し、幅広い地域で日本食が親しまれている状況です。

人気ジャンルとトレンド

和食の中でも特に人気が高いのは寿司・刺身とラーメンです。
シンガポールの日本料理店全体の34%が寿司・刺身を主要メニューとしており、高級寿司から手頃な回転寿司チェーンまで多数の寿司店が存在します。また近年はラーメンのブームが顕著で、地元紙でも「シンガポール人が大好きな日本食の筆頭がラーメン」と紹介されるほどです。

実際、ほとんどのショッピングモールに少なくとも1軒はラーメン店が入っているうえ、博多豚骨や北海道味噌など様々なスタイルのラーメンが提供され、長蛇の列を作る人気店も少なくありません。
近年はミシュラン星を獲得した蔦(Tsuta)の進出や、和牛ラーメン専門店の新規オープンなど、高級食材(和牛やフォアグラ、トリュフ)を使った創作ラーメンも登場し、ラーメン業態はさらに進化を遂げています。

また焼肉・鉄板焼き、日本酒バー併設の居酒屋、本格的な懐石・割烹からうどん・そばといった専門店まで、多彩なジャンルの和食店がしのぎを削っています。日本食の人気は寿司やラーメンだけに留まらず、和牛ステーキ、焼き鳥、お好み焼き、天ぷらといった各分野の専門店も次々と進出し、現地のグルメ層から高い評価を得ています。

求められる人材とスキル

こうした市場では、本場の和食スキルを持つ日本人シェフへの期待が非常に高まっています。
海外で和食人気が高まる中、正統な和食の技術を持つ日本人料理人の需要は世界各国で増えており、シンガポールも例外ではありません。特に寿司職人や懐石料理の経験者など、専門性の高い技術は重宝されます。また日本の「おもてなし」の心や繊細な気配りはシンガポールの飲食業界でも評価が高く、「料理の腕前+サービスマインド」を兼ね備えた人材は引く手あまたです。

語学力については、英語ができれば望ましいですが、求人によっては「コミュニケーション能力が高ければ語学不問」という例もあります。
実際に現地で活躍中の日本人料理人の多くも渡星当初は英語ゼロでしたが、問題なく職場に溶け込んでいるケースがあります。

ただし日常業務では英語が共通言語となるため、基本的な英会話や専門用語の習得はしておくに越したことはありません。
シンガポールは多民族国家であり、中国系・マレー系・インド系をはじめ様々なバックグラウンドのスタッフと働くため、多文化に対応できる適応力や柔軟なコミュニケーション力も重要です。
加えて、メニュー開発や衛生管理、コスト管理などマネジメント面のスキルがあると、料理長・店長クラスのポジションで重宝されます。

総じて、和食の高度な調理技術+英語力+国際的な適応力があれば、シンガポールの求人市場で大きなアドバンテージとなるでしょう。

参考:
・Taste of Japan:Popularity of ramen in Singapore
・verdictfoodservice:Japanese cuisine menu analysis: market share and price trends in Singapore in H1 2024
・Washoku Agent:シンガポールで働く日本人料理人ガイド
・pairing:海外で日本の調理師免許は通用する?メリット・デメリットと働くために必要なこと

給与・待遇の相場:高給与だが物価高に注意

salry

給与水準(現地通貨と円換算)

シンガポールの料理人の給与水準は日本と比べて全体的に高めです。
現地通貨はシンガポールドル(SGD)で、1シンガポールドル=約100~110円程度(2024-2025年時点)です。一般的な和食シェフの場合、月給は少なくとも5,000 SGD(約50万円)以上が一つの目安となります。
これは就労ビザの取得要件とも関係しますが、後述するようにシンガポールで日本人が働くには月給5,000ドル以上でないとビザがおりにくいためです。実際の求人でも月給5,000~7,000 SGD(約50万~77万円)程度のレンジが多く、中堅クラスの料理人で月収6,000 SGD前後(約60万円前後)が一つの相場と言えるでしょう。
職位が上がり料理長クラスになると月収8,000 SGD(約80万円)以上も充分に狙えます。

実際、シンガポールの高級寿司店の料理長候補募集では年収約1,056万円(約88万円/月)+ビザサポートという好待遇の例もありました。
また企業によっては住宅手当や社宅を用意するケースもあります。例えば、ある和食シェフの方はシンガポール勤務時に年間約400万円(1か月あたり約3,300 SGD)の家賃補助を受けており、ルームシェアで節約して補助分を貯蓄できたといいます。

このように、給与水準自体は高いものの生活コストも高いため、企業側が住宅手当などでフォローしてくれる場合もあります。

チップ・サービス料

シンガポールには日本や欧米のようなチップ文化は基本的にありません。
高級レストランでもチップを渡す習慣はなく、代わりにサービス料(Service Charge)として会計時に一律10%が加算されるのが一般的です。つまりお客様からのチップ収入は期待できませんが、その分サービス料がスタッフのインセンティブに充てられる場合もあります(サービス料の配分は店舗によります)。
したがって、日本のように「チップ込みで収入が変動する」心配はなく、提示された月給がそのまま基本収入と考えて問題ありません。

また、シンガポールではGST(消費税に相当)が2024年に8%から9%に引き上げられました。
飲食店では会計時にこのGST 9%と前述のサービス料10%が上乗せされるため、お客様は合計約19%の税込み料金を支払います。
ただしこれらはお店側の収益に含まれるもので、スタッフ個人の給与とは直接関係しません。

福利厚生・手当

給与以外の待遇面では、医療保険や有給休暇などが挙げられます。
シンガポールでは外国人労働者に医療保険加入を義務づけており、特にSパス以下の従業員には雇用主が医療保険を提供する決まりがあります。専門職のEmployment Passの場合は義務ではありませんが、多くの企業が民間の医療保険に加入させています。医療費が高額になりがちなシンガポールでは、会社負担の健康保険があると安心です。

また年次有給休暇は法律上、最低でも年間7日以上から勤続年数に応じて増えていきます(例:2年目8日、3年目9日…最大14日程度)。日系企業では日本の基準で10日以上付与するところもあります。

住宅手当については前述の通り会社次第ですが、家賃の高さから駐在員には手厚い住宅補助が出るケースもあります。
制服貸与やまかない食事、交通費補助(深夜勤務者へのタクシー代支給など)といった日々のサポートも求人票に明記されていることが多いです。

シンガポール特有の制度として、日本の年金に当たるCPF(中央積立基金)がありますが、CPFはシンガポール国民・永住者のみが対象で外国人就労者は加入しません。
そのため給与から強制的に控除される社会保険料はなく、手取り率は日本より高めです(日本のような厚生年金・健康保険の本人負担がない代わりに、退職金制度も基本的にありません)。

所得税制

シンガポールの所得税は累進課税ですが、税率は日本よりもかなり低めに設定されています。
年間課税所得が20,000 SGD以下で非課税、以降は所得帯に応じて2%、3.5%、7%、11.5%…と徐々に税率が上がっていき、最高税率は2024年以降で22〜24%程度です(日本は最高55%近くにもなるので大きな差があります)。

具体例を挙げると、年収6万SGD(約600万円)程度なら所得税は5〜7%前後に収まります。これは例えば月給5,000 SGD・ボーナス1か月の場合で計算すると、年間税額はおよそ2,000〜3,000 SGD程度、月あたりに均すと2〜3万円ほどというイメージです。シンガポールは申告納税制ですが、多くの場合給与所得者は雇用主が税務当局に収入を報告するため、納税も年1回通知に従って行えばよく、日本のような煩雑さはありません。

なお、外国人がシンガポールで働く初年度や退職する年は非居住者税率(定率15%もしくは20%)が適用されるケースがありますが、大半の日本人料理人は2年目以降は居住者扱いとなり低税率の恩恵を受けられます。

総じて、シンガポールで働く料理人の給与・待遇は「高給与・低税負担」で魅力的ですが、そのぶん家賃や物価が高い点に留意が必要です(生活情報の項で詳述)。
給与交渉の際は、現地の高い生活コストを踏まえて適正水準を見極めることが大切です。シンガポール側の雇用主もその点は理解しており、給与は透明性が高く極端な低賃金にはならない仕組みになっています。

安心して実力相応の報酬を得られる環境と言えるでしょう。

参考:
・モダスパPlus:海外でシェフとして生きること(インタビューまとめ)
・Washoku Agent:和食料理人の海外転職におススメな国とは!?
・海外飲食求人.com:【料理長候補募集】シンガポール高級鮨店で未来を切り拓く!年収1,056万円〜+ビザ支援、熟成鮨の名手として活躍 #550
・tripadvisor:Confused about tipping
・SingaLife-Biz:【2025年】シンガポールの物価解説~主要都市との比較&物価とビジネスの関係~
・InCorp:Complete Guide on Personal Income Tax Singapore 2025

ビザ制度:料理人が取得可能な就労ビザと申請ポイント

passport

シンガポールで働くには就労ビザ(就労パス)が必要です。料理人が取得しうる主なビザにはEmployment Pass(エンプロイメント・パス)とS Pass(エス・パス)の2種類があります。それぞれの特徴と申請要件、家族帯同の可否について解説します。

エンプロイメント・パス(Employment Pass, 通称EP)

専門職や管理職向けの就労ビザで、日本人料理人の場合、料理長やエグゼクティブシェフ、マネージャークラスに相当します。
申請には月給5,000 SGD以上(約50万円以上)の給与が必要で、経験やスキルが重視されます。審査では学歴要件は問われませんが、職務経歴や保有スキルが判断材料となります。EPは有効期間1〜2年(更新可)で、雇用主のスポンサー(招聘企業)が申請手続きを行います。

メリットとして、給与水準が高い人材向けであるぶん取得できれば比較的安定した身分となり、後述の家族帯同ビザ(DP)の発行も可能です。
またEP所持者は現地で銀行口座開設や住宅賃貸契約などの手続きもスムーズに行えます。

Sパス(S Pass)

中堅技能人材向けの就労ビザで、調理師専門学校卒業や数年以上の調理経験がある料理人が該当します。
必要な月給は最低3,150 SGD(約31万円)以上(2023年時点)で、年齢により条件が少し上がります。日本人シェフの場合、実質的には月給5,000 SGDに満たない場合にSパスを検討する形になります。
Sパスは有効期間1〜2年で更新可ですが、企業ごとに外国人比率の定め(クオータ制)があり、特にサービス業では従業員の10〜15%程度までしかSパス保持者を雇用できません。

そのため、シンガポール人スタッフの数や会社規模によっては、求人枠の事情でSパス枠となる場合もあります。Sパス保持者も勤務先を変える際にはビザの取り直しが必要ですが、一定の技能職という扱いで比較的待遇は安定しています。

ワークパーミット(Work Permit)

技能労働者向けの就労許可証で、建設業や製造業などに多いものです。
飲食業でもホールスタッフや調理補助にこのビザで雇用される外国人(特に周辺国出身者)がいます。

ただし日本人はWork Permitの対象国に含まれていないため、実質的に日本人料理人が選択することはありません。従って、日本人がシンガポールで働く場合はEPまたはSパスの取得が前提となります。

家族帯同の可否(ディペンデント・パス)

シンガポールでは、一定以上の給与水準の就労ビザ所持者に対して、配偶者や21歳未満の子供にDependent Pass(DP)と呼ばれる家族ビザを発給できます。
具体的には主たる就労者の月給が6,000 SGD以上であることが条件です。EPでもSパスでもこの給与条件を満たせば配偶者・子女を帯同可能ですが、逆に言えば月給6,000 SGD未満の場合は家族帯同が認められないので注意が必要です。

DPを取得した家族はシンガポールで就学・生活できますが、2021年以降の制度変更により、DP保持者が現地で就労するには別途自分自身で就労ビザ(通常はEPもしくはSパス)を取得し直す必要があります。帯同家族がパートタイムなどで働く場合の特別許可(旧LoC制度)は廃止されましたので、この点は最新情報を確認してください。

なお、帯同ではなく将来的に永住権(PR)取得を目指す場合、EP保持者で一定期間就労した後に申請する道もあります。PRになるとCPF加入義務なども生じますが、家族の就労や長期滞在がより安定するメリットがあります。

申請手続きの流れ

就労ビザはいずれも雇用主(採用企業)の申請によって発行されます。
基本的には求人内定後、企業の人事担当者やエージェントがオンラインでMOM(人材開発省)に申請を行い、数週間~1ヶ月程度で結果が通知されます。申請にはパスポートや証明写真、英文の職務経歴書、卒業証書などの提出が求められますが、これは採用側が指示してくれます。
注意点として、シンガポールでは外国人を雇用する際、まず一定期間シンガポール人向けに求人募集を行い、それでも充足できなかった場合に外国人採用に踏み切るというルールがあります(いわゆるフェア・コンシダーレーション枠組み)。

そのため、求人票上で「日本人シェフ募集」となっていても、形式上は現地人材市場での募集プロセスを経ていることが多いです。
ただこれは企業側が行う手続きであり、応募者として特別な対応は不要です。内定後はビザ申請~承認を待ち、承認が下り次第シンガポールに渡航して就労許可証を受け取ります。

家族帯同の場合の留意点

帯同家族のDPも、主たる就労者のビザ申請と同時期に企業がまとめて申請してくれるケースが一般的です。
配偶者については結婚証明書、子供については出生証明書などの公的書類を英訳つきで提出します。DPは就労ビザと同じ期間で発給され、更新も連動します。
また帯同する子女が現地で教育を受ける場合、インターナショナルスクールや日本人学校への入学手続きも別途必要になります。シンガポールは教育水準が高く外国人子弟の受け入れにも積極的ですが、日本人学校の枠は限られるため早めの準備が肝要です。

以上のように、シンガポールで料理人として働くにはEPまたはSパスの取得が不可欠です。
ポイントは「給与条件(5,000/6,000 SGD)を満たすこと」「雇用主によるスポンサーシップがあること」の二点です。この条件さえクリアできればビザ自体は比較的取得しやすく、制度上も給与は透明で極端な低賃金は最初から不可能になっています。安心して応募し、キャリアをスタートさせてください。

参考:
・モダスパPlus:海外でシェフとして生きること(インタビューまとめ)
・Ministry of Manpower:Upcoming changes to S Pass eligibility

生活情報:物価・家賃から食材調達、交通、医療・治安まで

house

シンガポールでの生活は「安全・快適だがコストが高い」とよく言われます。
現地で暮らすにあたり知っておきたい物価や家賃、水準、日本食材の入手方法、交通手段、医療事情、治安や生活環境の全体傾向をまとめます。

物価・生活費

シンガポールは世界的にも生活費の高い都市として知られ、2023年の調査ではチューリッヒと並んで世界一物価の高い都市にランクされています。
特に住宅や車といった大きな費用が突出して高いためですが、日常の食品や外食費も日本よりやや高めです。ただし工夫次第では日常的な食費や交通費は日本と大差ない水準に抑えることも可能です。例えば屋台(ホーカー)での食事は一食5~8 SGD(約400~700円)程度と安く、庶民的なローカルフードを利用すれば食費は日本と同等かそれ以下になります

一方でカフェでブランチをすればコーヒーとパンケーキで20~30 SGD(約2,500〜3,500円)といった具合に、高級店や西洋料理は日本以上の値段になります。
日本食材も現地で入手可能ですが、ほぼ全てが日本からの輸入品のため価格は割高です。例えば日本産コシヒカリ2kgが約18.65 SGD(約2,200円)、味噌や醤油なども日本の数倍の価格となります。
日本食材は伊勢丹や明治屋といった日系高級スーパー、ドンドンドンキ(Don Don Donki)などの日系ディスカウントストア、J-Martや赤札(バレンシア)といった日本食品専門店、さらにはローカル大手スーパー(Cold StorageやFairPrice)でも一部扱っています。品揃えは充実していますが、「日本の倍の値段」は当たり前と思っておくと良いでしょう。

それでも地元で手に入りにくい梅干しや出汁昆布などを除けば、大抵の日本の食材・調味料はシンガポールで調達可能です。

住居・家賃相場

住居費は生活費の中でも最も高額な項目です。
シンガポールでは一般にHDB(公営住宅)とコンドミニアム(民間分譲マンション)の2種類の住居タイプがあります。
外国人は賃貸でこれらを借りる形になります。家賃相場は間取りや立地によって大きく異なりますが、政府統計によれば、HDBの3ベッドルーム(3LDK相当)で月2,200~3,200 SGD(約26万~38万円)、外国人富裕層向けの高級コンドミニアム3ベッドルームで月3,400~4,000 SGD(約40万~47万円)程度というデータがあります。
単身の場合3ベッドは広すぎるため、よりコンパクトな1ベッドルーム(1LDK)やスタジオタイプを借りることになりますが、それでも都心では月2,500 SGD以上、郊外でも1,800~2,000 SGD前後は覚悟した方が良いでしょう。節約のためにはルームシェア(一部屋を間借り)という選択肢も一般的です。

シンガポール留学支援センターの調査(2024年4月)によれば、ルームレンタルの相場中央値は郊外HDBの個室で900~1,000 SGD、中心部コンドミニアムの個室で1,400~1,500 SGDほどとのこと。
日本円にすると10万~17万円前後で、東京のワンルームより高水準ですが、設備や広さを考えれば妥当とも言えます。家賃は基本的に光熱費別で、公共料金(電気・水道・ガス)やインターネット代は別途自己負担となります(光熱水費は一人暮らしで月100~150 SGD程度が目安)。

なお、シンガポールの住宅事情は慢性的に需要超過で近年家賃が高騰していましたが、2024年に入りようやく供給増で落ち着きつつあるという報道もあります。
それでも東京やニューヨークと肩を並べる高水準には変わりないため、住居手当が出る場合はぜひ活用し、出ない場合は予算に合わせた地域選び・物件選びが重要です。

交通事情(公共交通・車)

シンガポールは島内の交通インフラが非常に整っており、MRT(地下鉄)とバス網が発達しています。
都市部であれば公共交通だけで通勤・移動はほぼ問題ありません。運賃もICカード(EZ-Linkなど)利用で1回あたり0.8~2 SGD程度と安価です。MRTは朝5時半頃から深夜0時過ぎまで運行し、数分おきに列車が来ます。車両や駅も清潔で冷房完備のため、日本人にとっても快適に利用できるでしょう。

バスもクーラー付きで本数が多く、Googleマップ等で経路検索すれば初めてでも迷うことなく乗れます。タクシーや配車サービス(GrabやGojekなど)も日本に比べて割安で利用しやすいです。
通常タクシーの初乗り料金は約4.1~4.8 SGD(約480~570円)で、深夜料金や渋滞課金を含めても日本のタクシーよりだいぶ安い印象です。シンガポールは国土が狭いため移動距離も限られ、島内どこでも車で30分〜1時間程度で行けてしまいます。

その反面、自家用車の所有コストは世界一高いとも言われます。
車を買うにはCOE(車両所有権)という許可証を競売で取得する必要があり、このCOEが2024年時点で1枚あたり12万SGD(約1,100万円)近くする状況です。つまり車本体とは別に1千万円以上払わないと車を持てないため、一般的な外国人居住者が車を所有することは現実的ではありません。

幸い公共交通で事足りるので、ほとんどの日本人赴任者も車無しで生活しています。強いて難点を挙げれば、終電後の移動くらいですが、深夜帯はタクシーも増車されるほか社用車で送迎してくれる飲食店もあるため、大きな問題にはならないでしょう。また街中は道幅が広く渋滞も日本ほど頻繁ではないため、移動ストレスは少ないと感じるはずです。

医療事情

シンガポールは医療水準が非常に高く、清潔で先進的な病院が揃っています。
公立病院・私立病院ともに最新設備と優秀な医師がおり、英語でのコミュニケーションもスムーズです。
ただし医療費は安くはなく、全額自己負担だと簡単な診察でも数千〜数万円になる場合があります。幸い、前述の通り多くの就労者には雇用主負担の医療保険が付与されていますので、加入プランに応じて外来費用や入院費用の大部分がカバーされます。

日本と異なり国民皆保険制度がないため、公的補助のない外国人は保険前提の医療費設計になっている点に注意しましょう。
風邪や軽い不調であれば、まずGP(開業医クリニック)に行くのが一般的です。GP受診料は50~80 SGD程度(約4,000〜7,000円)で、薬代込みの場合もあります。大病院の専門医にかかる場合は紹介状が必要なこともあります。
薬局で買える市販薬も限られているので、日頃飲み慣れている常備薬があれば日本から持参すると安心です。
シンガポールの医療は私費でも質を求める富裕層と低所得者向け補助制度が並立している特殊な形ですが、外国人の場合は概ね前者に該当します。

とはいえ東南アジア随一の医療先進国ですから、必要な治療を受けられないという心配はまずありません。
加えて街中には日本語対応可能なクリニック(日本人医師・看護師がいる病院)も存在しますし、医療通訳サービスもあります。
万一に備えて、勤務先の保険内容や近隣の病院情報などはチェックしておくと良いでしょう。

治安・衛生

シンガポールの治安は極めて良好です。
夜間に女性が一人で歩いても比較的安全と言われ、実際犯罪発生率も低く抑えられています。都市国家ゆえに警察の目が行き届きやすく、防犯カメラも至る所に設置されているため、路上犯罪や強盗事件は稀です。
法律が非常に厳格で、麻薬や凶悪犯罪には死刑も辞さない姿勢であることも犯罪抑止につながっています。ただし窃盗や置き引きはゼロではないため、外食時に席を離れる際は貴重品を持つなど基本的な注意は必要です。

また日本人が被害に遭いやすい詐欺・トラブルとしては、客引きのいるKTVバー(カラオケクラブ)で法外な請求を受けるケースや、路上での宝石・アート勧誘といったものが報告されています。一般の観光客やビジネスパーソンが普通に生活する範囲ではまず問題ありませんが、誘惑には警戒しましょう。

衛生面では、街にゴミがほとんど落ちていないほど清潔な環境です。
ゴミのポイ捨てや公共の場での喫煙・飲食に厳しい罰金規制があるため(有名なガム禁止令など)、街が清潔に保たれています。飲食店の衛生管理も概ね行き届いており、水道水も飲用可能な品質です。
熱帯特有の蚊媒介の病気(デング熱)は時折流行しますが、都市部では蚊の発生もかなり抑制されています。
年中高温多湿な気候ゆえに冷房が強力に効いている室内が多いので、むしろ上着が必要なほど冷える点に注意してください。

その他生活環境

気候は典型的な熱帯性で、年間を通じて気温は最低でも24〜25℃、最高32〜34℃前後と常夏です。
雨季(11〜1月)はスコールが頻繁ですが、長く降り続くことは少なく、雨が止めばすぐ蒸し暑さが戻ります。日本のように四季の変化がないため、旬の感覚が薄れるという声もありますが、その代わり一年中マンゴーや南国フルーツを楽しめます。

日本人コミュニティも大きく、約3万人以上の在留邦人が暮らしています。
日本人向けのフリーペーパーや情報誌、インターネット上のコミュニティも充実しており、困ったときに日本語で情報収集することも可能です。日本人向け食料品店や美容室、日本語対応のクリニックや学習塾なども揃っているため、生活面で日本を恋しく感じた時にも安心です。

一方でせっかく多民族の国に住むので、ローカルの市場やスーパーで珍しい食材を試したり、各民族の祝祭(春節やハリラヤ、ディーパバリなど)に触れたりするのも貴重な体験となるでしょう。
総合すると、シンガポールでの生活は快適で便利、安全だが費用がかかるという点に集約されます。
高い生活コストに見合う収入を確保しつつ、現地の豊かな文化や食を楽しめば、きっと充実した海外生活を送れるはずです。

参考:
・シンガポール留学支援センター:シンガポール 間借り/ルームレンタル家賃相場 2024年4月現在
・SingaLifeBiz:【2025年】シンガポールの物価解説~主要都市との比較&物価とビジネスの関係~
・Economist Intelligence:Worldwide Cost of Living: Singapore and Zurich top the ranking as the world’s most expensive cities
・AsiaX:日本と比較!シンガポールでの働き方
・make it:This Southeast Asian city is the world’s most expensive for the super rich — Hong Kong comes second

文化的な注意点:職場の習慣・働き方と日本との違い

culture

異国で働くにあたって、職場文化やビジネスマナーの違いも把握しておきたいポイントです。
シンガポールは多文化社会ゆえ独特の職場慣習がありますし、日本との働き方の違いも少なくありません。以下に現地で働く上での文化的注意点をまとめます。

職場の人間関係とコミュニケーション

シンガポールの職場は基本的にフラットで自由度が高い雰囲気があります。
服装もビジネスカジュアルでOKな職場が多く、日本のような堅苦しい上下関係は緩やかです。特にF&B業界ではスタッフがフレンドリーに接することも多く、英語名で呼び合ったりニックネームで呼んだりと、距離感は近い傾向にあります。とはいえプロ意識は高く、時間を大切にして効率重視なのもシンガポール人の特徴です。
無駄な会議や長話は嫌われ、要点を簡潔に伝える直接的なコミュニケーションが好まれます。日本人がつい使いがちな婉曲表現や察する文化は通じにくいため、意見や指示は明確に言語化するよう心がけましょう。「イエス・ノーをはっきり言う」姿勢が信頼に繋がります。

また多民族構成上、同僚の宗教や文化的背景への配慮も大切です。
例えばムスリム(マレー系)の同僚がいれば豚肉を扱う際に気遣ったり、ヒンドゥー教徒(インド系)の部下には牛肉料理の試食を強要しない等、基本的な理解が必要です。ただ皆プロですので、仕事上扱う食材に対しては割り切っており、過度に神経質になる必要はありません。

英語力と現地言語

公用語の英語(シングリッシュ)については前述のとおりですが、職場では基本英語で会話が行われます。
華人系スタッフ同士だと中国語(福建語やマンダリン)が飛び交うこともありますが、外国人である日本人が無理に現地語を習得する必要はありません。ただ、簡単な英語で指示・報告ができる程度の語学力は求められます。
また現場で飛び交うシングリッシュ特有の表現(語尾の「~lah」や「can can」(できるよ)のような砕けた言い回し)にも最初は戸惑うかもしれませんが、耳が慣れれば問題ないでしょう。むしろこちらも簡潔な英語でどんどん話しかけ、分からなければ聞き返す積極性が大事です。シンガポール人は外国人に慣れているので、多少文法が拙くても理解しようとしてくれます。

日本語は現地では通じませんが、日本人客の多い店では日本語対応スタッフがいる場合もあります。
英語が苦手でも笑顔と熱意でカバーできますので、コミュニケーションを恐れないことが大切です。

仕事の進め方・価値観

シンガポールではビジネス全般においてスピード重視の文化があります。
上司の承認プロセスも迅速で、トップダウンでどんどん決断・行動する傾向があります。一方、日本のような根回しや合意形成に時間をかけるスタイルは少なく、「まずやってみてダメなら修正する」スピード感が好まれます。料理現場でも、新メニュー提案などは上層部へのプレゼンより先に現場判断で試作する、といったフットワークの軽さが見られます。

またシンガポール人社員は転職が盛んであり、「より良い条件があれば会社を移るのは当たり前」というキャリア観が一般的です。
そのため日本的な会社への忠誠心や家族的付き合いは希薄で、個々人がドライにプロフェッショナルとして働く雰囲気です。

裏を返せば、成果を出せばきちんと評価・昇給されますし、契約や条件面はシビアに詰めるのが普通です。
日本人としては情に訴えるより契約事項や数字で説得力を示すほうが現地では受け入れられやすいでしょう。

ワークライフバランス

シンガポールでは「仕事は仕事、休みは休み」ときっちり分ける人が多く、勤務時間外の社員同士の付き合いはそれほど多くありません。
日本でよくある「仕事後に上司や同僚と飲みに行く」「接待ゴルフに付き合う」といった慣習は少なく、プライベートの時間を重視する傾向があります。もちろん気の合う同僚同士で食事に行くことはありますが、日本のように半ば義務的な飲みニケーション文化はないと思って良いでしょう。
そのため、就業後は各自ジムに行ったり家族と過ごしたりと、自分の時間を楽しむ人が多いです。この点、日本の「社員旅行」「歓送迎会強制参加」的な文化に疲れていた人にとっては、シンガポールのドライさは心地よく感じられるかもしれません。

もっとも、サービス業である飲食業界は勤務時間がシフト制で不規則になりがちです。
深夜営業のある店では長時間労働もあり得ますが、シンガポールの労働法では週あたり44時間労働制限や週1日の休息日義務が定められており、法定以上の残業には割増賃金が適用されます。労務管理はしっかりしている会社が多いので、日本のようにサービス残業が横行したり休みなく働かされたりというブラックな状況は考えにくいです。有給休暇も消化しやすく、多民族国家ゆえ従業員の宗教祭日(チャイニーズニューイヤーやディーパバリなど)に合わせて休業する飲食店もあります。

総じて、個人の時間と権利を尊重する労働観が根付いていると言えるでしょう。

その他の注意点

ビジネスマナー面では、日本ほど形式張った礼儀作法は求められません。
たとえば名刺交換の儀礼や丁寧すぎる敬語などは重視されず、カジュアルでフレンドリーなコミュニケーションが普通です。ただし時間厳守については日本ほどではないにせよ、ビジネス上の遅刻は信用を失うので守るべきでしょう(シンガポール人はプライベートでは10分遅れも気にしない人が多いとも言われますが、公的な場ではもちろんオンタイムが求められます)。

またシンガポールは多言語社会ゆえ、社内連絡にWhatsApp(ワッツアップ)などのチャットアプリを使うのが一般的です。メールより手早くグループチャットで情報共有する文化がありますので、スマホでの即時対応にも抵抗なく馴染む必要があります。

文化の違いに最初は戸惑うかもしれませんが、「郷に入っては郷に従え」の精神で柔軟に適応することが大切です。
シンガポール人は外国人に対してオープンで、こちらが礼儀正しく接し現地のやり方を尊重すれば、温かく迎え入れてくれるでしょう。日本人の強みである勤勉さや繊細さは評価されますが、それに加えて現地流の効率性やコミュニケーションスタイルを積極的に取り入れることで、職場になくてはならない存在になれるはずです。

参考:
・AsiaX:日本と比較!シンガポールでの働き方
・SingaLifeBiz:【完全版】シンガポールのビジネスマナー・服装・接待文化のキーポイント
【最新】シンガポール人の仕事スタイルとは?日本人が知っておきたい職場文化と上手に働くコツ7選
・INTERN KAIGAI:【シンガポールでの働き方】日本との違いを徹底分析!
・海外創業なび:シンガポールはどんな国?日本との文化・ビジネスの違いを紹介
・Lion Dot:知らないと損!日本とシンガポールのビジネス文化の違い

シンガポールで活躍する日本人料理人たち:成功事例と体験談

実際にシンガポールで活躍している日本人料理人の事例を知ることは、大きな励みになるでしょう。
ここでは現地メディアで紹介された二人の若手日本人シェフの挑戦と、著名シェフの活躍例を取り上げます。

山下拓也さん(ホワイトグラス料理長)

山下さんは長野県出身、辻調理師専門学校卒業後にフランスや東京で修業を積み、2019年にシンガポールのフレンチファインダイニング「Whitegrass(ホワイトグラス)」のヘッドシェフに就任しました。
就任翌年には早くもミシュラン1つ星を獲得し、以降も連続して星を維持しています。Whitegrassはフランス料理と和の食材の融合を掲げたレストランで、山下さんの繊細なフレンチ×和食のクリエイションが高く評価されました。彼はインタビューで「シンガポールに来て間もなくコロナ禍となり不安もあったが、結果的に国内の富裕層が国内消費に目を向けたことで幸運だった」と語っています。

現在シンガポール在住2年を超え、お店にはローカルの常連客も増え、今後5年はシンガポールに腰を据えて更なる挑戦をしたいと抱負を述べています。
山下さんのケースは、若くして海外の名店料理長に抜擢され、現地でミシュラン星を獲得するという輝かしい成功例です。
日本で培った腕と創造性を武器に、シンガポールのグルメシーンで存在感を示した好例と言えます。

窪田修輔さん(Omakase @ Stevens料理長)

窪田さんは1992年生まれで、東京の有名フレンチ「シンシア」でスーシェフを務めた後、2020年にシンガポールに招かれて高級和食店「Omakase @ Stevens(オマカセ・スティーブン)」のシェフに就任しました。
当時20代後半で初めてシェフ職に就くという挑戦でしたが、見事に店を切り盛りし、2022年には日本国内の若手料理人コンテスト「RED U-35」で準グランプリを獲得する快挙を成し遂げました。これはシンガポールで得た経験と実績が、日本国内でも高い評価を受けたことを意味します。窪田さんは「未知の国に飛び込む決断には勇気がいったが、何も分からない状態からやり遂げたことで自信になった」と振り返ります。

またシンガポールで働いて感じたのは「本人の裁量権が大きく自由度が高い」ことで、日本よりも若手にチャンスが与えられる環境だと言います。
今後もシンガポールで腕を磨きつつ、将来的には更なる海外展開や独立も視野に入れているとのことです。
窪田さんのように、若手のうちに海外でシェフとして抜擢されるケースは増えており、実力と意欲があれば年齢に関係なく大舞台を任されることを示しています。

前述の二人以外の活躍事例

上記のような若手だけでなく、シンガポールには多くの日本人シェフがそれぞれのフィールドで成功を収めています。
例えば和食懐石と寿司を提供する「前友日本料理」の前友洋平シェフは、2021年に日本農水省から和食普及の親善大使に任命され、現地で和食の魅力を発信し続けています。また、居酒屋業態では鮨・居酒屋「寛寿司」のオーナーシェフがマグロ解体ショーなどのイベントで話題を集め、地元紙に取り上げられたこともありました。ラーメン店では、日本で修業した職人が現地ローカル資本と組んでチェーン展開を成功させている例(豚骨ラーメンチェーンが複数店舗を展開し人気を博すなど)も見られます。

さらに起業家として、自ら日本から食材を直輸入して精肉店兼焼肉レストランを立ち上げたり、日本各地の地酒を集めた酒バーを経営したりする日本人もいます。
シンガポール日本人会の調査によれば、同国で働く日本人シェフ・調理師の数は数百名規模に上り、その多くが現地の著名店やホテルで要職を務めているとのことです。SNS上でも「#SingaporeChef」などのハッシュタグで検索すると、日本人料理人が現地で奮闘する様子や料理写真が多数ヒットします。

こうした先輩方の存在は、これから挑戦する皆さんにとって心強い後ろ盾となるでしょう。
ぜひ現地の日本人コミュニティやネットワークにも積極的に参加し、情報交換や助言をもらってください。シンガポールの邦人シェフ同士は横の繋がりも強く、困った時に助け合う風土があります。

共通する成功要因

これら活躍事例から見えてくる共通点は、「日本で磨いた技術を武器にしつつ、現地のニーズに柔軟に応える姿勢」です。
山下さんはフランス料理の枠に和の繊細さを融合させ、シンガポールの国際的な食通にもアピールしました。窪田さんは和食の伝統を守りつつ若者らしい発想でメニュー開発を行い、現地で評価を高めています。前友シェフは本格懐石で日本の四季を伝えつつ、現地顧客に和食の奥深さを説いてファンを増やしています。
皆、日本人としての強みを活かしながらもシンガポールの食文化や客層を研究し、現地に合ったサービスや味を追求しています。

また英語など言葉の壁も乗り越え、スタッフと良好な関係を築いてチームをまとめている点も重要です。
シンガポールで成功する日本人料理人は「孤高の職人」ではなく、現地主体のチームの中でリーダーシップを発揮できる人です。コミュニケーション力や適応力が技術と同じくらい大事だということを、彼らの姿が物語っています。

参考:
・飲食店ドットコム:「海外でシェフとして生きること」シンガポールで活躍する2人の日本人シェフの挑戦(後編)
・MICHELIN GUIDE:The First Day We Got Our Stars: Takuya Yamashita of Whitegrass
・モダスパPlus:海外でシェフとして生きること(インタビューまとめ)
・Taste of Japan:The Development of Washoku in Singapore and One Chef’s Aspiration To Promote It On A Global Scale

シンガポール日本食市場の評価と展望:現在の評価と未来の可能性

最後に、シンガポールにおける日本食市場全体の評価と今後の展望について触れます。
日本人料理人として現地で働くにあたり、市場の位置付けや将来性を把握しておくことはキャリア戦略上も有益です。

市場規模と評価

シンガポールの日本食市場は、この数十年で飛躍的に拡大しました。
1970年代には在留日本人向け数店がある程度でしたが、その後経済成長とともに日本食レストランの数は1970年代以降着実に増加し続けています。現在では前述のように全レストランの約1割が日本食関連となり、和食は中華や西洋料理と並ぶ主要な外食ジャンルとして確固たる地位を築きました。
シンガポール人から見た日本食の評価も非常に高く、「寿司=高級でヘルシー」「ラーメン=親しみやすい国民食」といったイメージが定着しています。ミシュランガイド・シンガポール版においても、日本食レストランが毎年多数選出されており、2024年度版では星付き51店のうち和食系が相当数を占めています(寿司のShoukouwaやかき揚げ丼の天ぷら店などが二つ星、一つ星に割烹や寿司、焼鳥店が軒を連ねています)。

またユネスコ無形文化遺産に「和食」が登録(2013年)されたことも追い風となり、正統派の和食に対する尊敬の念も広がりました
今や日本食は「ヘルシーで質が高く、美しい料理」としてグルメ層から大衆まで広く愛されています。シンガポール人の食生活においても、日本食は特別な日の贅沢としてだけでなく日常の選択肢の一つとなっており、寿司や焼肉を週末に家族で楽しむ、ラーメンや牛丼をランチに手軽に食べる、といった光景が当たり前になっています。
40年前は日本人駐在員が主な顧客でしたが、現在では消費者の中心はシンガポール人に置き換わっています。この転換は市場の成熟を示すものであり、日本食が現地社会に根付いた証とも言えます。

今後の拡大可能性

将来の展望として、シンガポールの日本食市場はさらなる成長の余地があります。
まず人口増(現在約570万人から2030年に660万人目標)に伴い外食需要全体が伸びる見込みで、その中で人気ジャンルの日本食も比例して拡大が期待できます。
またポストコロナで観光客が戻りつつあり、シンガポールを訪れる外国人旅行者にも日本食は人気です。特に東南アジア近隣国からの旅行客はシンガポールで高品質な日本食を体験することを一つの目的にしているケースもあります。さらに、市場の細分化・多様化も進むでしょう。

既に兆候は見られており、融合業態(日本食×フレンチや、日本食×ペルシャ料理など異文化ミックス)や、専門特化業態(抹茶スイーツ専門店、おにぎり専門店、日本産クラフトジン専門バー等)の出現が増えています。現地の味覚に合わせたローカライズ日本食(チリクラブ寿司やラクサ風ラーメンなど)も時折登場し、話題を集めています。

他方で「本物志向」も根強く、農水省の和食マイスター制度に認定された店が増えたり、和牛や鮮魚など日本直送の高級食材をウリにする店も後を絶ちません。
つまりカジュアルから高級まで、日本食の幅がさらに広がる段階に来ています。これは料理人にとっても新たな活躍分野が生まれることを意味します。
たとえばビーガン志向に合わせた精進風和食の提案、日本の郷土料理をテーマにした居酒屋、新潮流の発酵食品カフェなど、未開拓のニッチはまだまだ考えられます。
シンガポールはトレンドに敏感な市場ですので、ユニークなコンセプトで質が伴えば受け入れられる土壌があります。

官民による支援

日本政府や現地企業も、日本食ビジネスの支援に積極的です。
例えば毎年開催される「Food Japan」見本市(2024年で第12回)は、日本の食品・食文化を紹介しビジネスマッチングを促進する場として定着しています。また農水省はシンガポールで活躍する料理人を**「日本料理普及人材」や「親善大使」に任命し、日本食材の現地プロモーションを依頼しています。日系の食材商社や物流企業も現地拠点を構え、より安定した価格で高品質の食材を供給できる体制が整いつつあります。

シンガポール政府も海外からの才能あるシェフの受け入れに前向きで、ミシュラン星取得店舗への補助や、著名シェフ誘致のための枠組みを打ち出すなど食文化振興に注力しています。こうした追い風を背景に、日本食市場は質・量ともに一段と深化していくと考えられます。

料理人への期待

このような市場の中、日本人料理人への期待もますます高まります。前述の通りシンガポールでは既に「日本人シェフ=味と品質の保証」という信頼感が醸成されていますが、それに胡坐をかくことなく新しい価値を提供できる人材が求められます。現地では「次はどんな日本食が来るのか?」とアンテナを張る食通も多く、伝統を守りつつ革新できる料理人には大きなチャンスがあります。

また、現地人シェフへの技術指導や人材育成という役割も重要です。シンガポール人スタッフが経営する和食店も増えていますが、彼らは日本人から学びたいと考えている場合が多いです。そうしたローカル経営の店でヘッドハントされる日本人シェフもおり、和食の現地化を手助けする立場として活躍する道もあります。

いずれにせよ、シンガポールの日本食マーケットは成熟期に入りつつも常に進化を続ける成長市場であり、腕利きの料理人にとっては非常にエキサイティングなフィールドです。

まとめ

シンガポールで和食に携わることは、高い報酬と充実したキャリア機会、そして日本食の素晴らしさを世界に伝えるやりがいが得られる選択です。
一方で、物価や文化の違いといった課題もあります。しかしそれらは先輩方も乗り越えてきたことであり、本記事で紹介した知識や事例がきっと役に立つでしょう。日本食市場の展望は明るく、和食は今後もシンガポール人に愛され続け、新たな形で発展していくと見込まれます。

ぜひ最新情報にアンテナを張り、自身のスキルを磨きつつ、シンガポールでのチャレンジを実現してください。
「食の都」シンガポールは、情熱ある日本人料理人の活躍を歓迎しています。あなたの挑戦が、現地の日本食シーンに新たな一頁を刻むことを期待しています。

参考:
・Taste of Japan:The Development of Washoku in Singapore and One Chef’s Aspiration To Promote It On A Global ScaleTrend
・ECONOMIC DEVELOPMENT BOARD:Japanese cuisine menu analysis: market share and price trends in Singapore in H1 2024
・Spirited Asia:Leading Japanese F&B trade fair Food Japan returns to Singapore for its 2024 edition

関連記事一覧

無料登録で最新求人をみる

求人を掲載する