マレーシアで働く日本人料理人向けガイド:求人動向から生活情報まで
近年、マレーシアは日本人の海外就職先として注目度が高まっています。
特に和食業界では、新規出店や需要拡大に伴い日本人料理人の求人が増えており、マレーシアは「移住したい国」ランキングで常に上位に挙がる人気ぶりです。
本記事では、マレーシアで働くことを検討する日本人料理人に向けて、現地の求人市場の傾向から給与・待遇、ビザ制度、生活情報、文化的注意点、活躍する日本人料理人の事例、そして日本食市場の評価と今後の展望まで、最新情報に基づき詳しく解説します。30~40代を中心としたすべての日本人料理人の方に役立つ内容になっています。
それでは順に見ていきましょう。
求人市場の傾向:マレーシアの和食ブームと求められる人材
日本食が人気のエリアとジャンル
マレーシアでは和食ブームが定着しており、首都クアラルンプール(KL)を中心に日本食レストランが数多く進出しています。
KL市内やその近郊では、日本企業や和食店が林立し、街を歩けば至る所で日本語の看板を目にするほどで、場所によってはまるで日本の街中を歩いているようだといわれます。実際、KL首都圏の日本食レストラン数は2020年時点で約1,000店とされ、2023年にはマレーシア全土で1,890店に達したとの統計もあります。和食店は高級寿司店から気軽な定食屋まで幅広く存在し、専門店化や郊外への進出も進んでいます。
主要エリアはKL中心部のほか、日本人駐在員や富裕層が住むモントキアラやバンサールなどの高級住宅街、繁華街ブキッビンタン周辺、そして大規模モール内が人気です。
また近年は首都圏以外にも、日本人観光客や現地富裕層をターゲットにした和食店が拡大しています。例えばボルネオ島のコタキナバル(リゾート地)には高級和食やラーメン店が複数出店されており、さらにはリゾートアイランドのランカウイにも新店舗オープンの計画があります。ジョホールバルやペナンといった他都市でも、日本食レストランの需要が徐々に高まっています。
ジャンル別に見ると、寿司や刺身などの日本料理は依然として高級店の花形で、現地の富裕層や外国人に人気があります。
実際、KLでは本格的なおまかせ寿司の高級店が増えつつあり、寿司職人を募集する求人も見られます。一方、ラーメンやうどん、カレー、牛丼、とんかつなどカジュアルな日本食チェーンも大人気で、マレーシア各地に進出しています。例えば 一風堂(ラーメン) や やよい軒(定食)、すき家、しゃぶ葉 など、日本でおなじみのチェーン店が多数出店しており、若者でも利用しやすいリーズナブルな価格帯で親しまれています。
また、日本食はムスリムにも配慮されており、やよい軒のように全店ハラール(豚肉不使用・ノンアルコール)対応としているチェーンもあります。
このように、日本食レストランは高級路線から大衆路線まで裾野が広がっており、和食文化がマレーシアの日常に浸透しつつあります。
参考:
・newsclip.be:東南アジアの日本食レストラン タイ5330店、インドネシア4000店
・山田コンサルティンググループ株式会社:Market Report – Malaysia –マレーシアにおける食品市場の概況 2020
・WORLD POST:和食調理師、和食調理師見習い
・WAHOKU AGENT:マレーシア クアラルンプール: おまかせ寿司で料理長募集!
・マレーシア留学チャンネル:マレーシアにある人気和食チェーン10選
・CONNECTION:マレーシアで日本食が人気の理由とは?
求められるスキル・人材像
マレーシアの和食レストランでは、経験豊富な寿司職人や和食シェフはもちろん歓迎されますが、人材ニーズはそれだけにとどまりません。
現地では和食店の増加に対して人材が不足しがちなため、調理経験がある和食全般の料理人であれば幅広くチャンスがあります。特に人気店を任せられるヘッドシェフ級のポジションには常に需要があり、実務経験7年以上の30代前後の寿司シェフ求人なども散見されます。
高級店では日本での板前経験や専門分野のスキル(寿司、天ぷら、懐石など)が求められる一方、日系居酒屋チェーンなどではメニュー開発や現地スタッフへの技術指導・マネジメント能力が重視される傾向があります。
一方で、「未経験でも応募可」「英語力不問」といった求人も存在します。
例えばある求人では「英語能力は問いません。料理経験も問いません。重視するのはコミュニケーション能力です」と明記されていました。これは、現地スタッフやお客様との円滑なやりとりができ、明るく前向きに学ぶ姿勢のある人材を歓迎していることを意味します。
もっとも、最低限の英語コミュニケーションができれば職場適応は格段にスムーズになります。
現地スタッフとの意思疎通や食材の発注・接客対応では英語やマレー語が必要になります。
ただ、マレーシアはイギリス連邦の影響で英語が広く通用する国です。都市部の若者であればほとんどが英語を話せますし、中国系スタッフとは中国語、マレー系スタッフとはマレー語で会話できるに越したことはありませんが、基本的には英語が共通言語です。そのため語学力を心配しすぎる必要はなく、「伝えよう」とする姿勢と笑顔のコミュニケーションが何より大切だと言えます。
参考:
・WASHOKU AGENT:マレーシア クアラルンプール: 高級おまかせ鮨店で寿司シェフ募集!
・カモメアジア転職:日系居酒屋 シェフ
・hsimizu0601のブログ:料理人として、マレーシアで就職する方法
・WORLD POST:和食調理師、和食調理師見習い
給与・待遇の相場:収入水準と福利厚生は?
給与水準(マレーシアリンギットと円換算)
マレーシアの日本人料理人の給与相場は月給8,000〜15,000リンギット(MYR)程度が一つの目安です。
日本円に換算すると約24万~45万円前後(1MYR≒30円換算)になります。例えば、ある日本人シェフの採用条件では月給8,000MYR(約24万円、所得税4%控除後約23万円)が目安です。
マレーシアの物価や生活コストを考慮すれば、月収24万円でも独身であれば十分に満足できる暮らしが可能です。
実際、「マレーシア人の平均月給は約RM4,000(約12万円)程度」であり、それに比べれば日本人シェフの給料は高い水準にあります。現地の日系和食レストランを経営する企業の話では、同社の日本人社員の平均勤続年数は約7年と長く、皆マレーシアでの生活を楽しみながら働いているとのことです。給与額自体は日本円換算だと高くなくとも、物価の安さと働きやすい環境が相まって定着率が高い好例でしょう。
経験や役職によっても給与は変動します。
若手~中堅の料理人で8,000-12,000MYR前後、料理長クラスになると10,000-15,000MYR(約45万円)以上になることもあります。先述のブログの例では、「1店舗を任される料理長になれば月給15,000リンギット以上になる」とされており、他店の日本人料理人の給与事情を見てもそれくらいが相場だと述べられていました。
実際、マレーシアで50年以上続く老舗日本食レストランが料理長候補を募集した求人では月給40万〜50万円相当(日本円)といった高待遇の例もあります。
高級店や大型プロジェクトになればそれ相応の給与提示もありますが、一方で小規模店では10,000MYR前後に現地住居提供つき、といったケースも見られます。
チップ制度に関して、マレーシアでは一般的にアメリカのような強いチップ文化はありません。
高級店ではサービスチャージ(サービス料)が会計に含まれており、それが従業員に分配されることもありますが、基本的には月給に含まれる場合が多いです。したがって「チップ込みで収入が大きく変わる」ということはあまり期待せず、提示された基本給をベースに考えるのが良いでしょう。
参考:
・hsimizu0601のブログ:料理人として、マレーシアで就職する方法
・WORLD POST:和食調理師、和食調理師見習い
・求人ボックス:料理人マレーシア
福利厚生・税制など待遇面
福利厚生は雇用主やポジションによって様々ですが、日本人シェフ向けの求人では比較的手厚い待遇が用意されることが多いです。
例えばある求人では、渡航費全額支給、就労ビザ取得費用負担、民間医療保険加入、健康診断費用負担、昼夜のまかない支給、社員寮提供、制服支給、年1回の賞与、年1回の昇給といった好待遇が提示されていました。社員寮や住宅手当が付くケースは、特に地方都市やリゾート地勤務の場合によく見られます。
KL市内勤務でも、職場近くのコンドミニアムを会社が借り上げて提供してくれることもあります。住居が支給される場合、手取り月収自体は低めでも実質的な可処分所得は増えるため、大きなメリットと言えます。
有給休暇や週休については、日本の飲食業界と似た部分もあります。
例えば週休1日で有給年10日、といった条件は珍しくありません。ただし、有給休暇は必ず消化させる(買い取りや流れないようにする)方針の企業もあるようです。実働8時間で残業なしを徹底するなど、日本より労働時間は短めという求人も見られます。
一方で、繁忙業種のため残業や休日出勤が発生する職場もありますので、その点は事前に確認すると良いでしょう。
税制について補足すると、マレーシアの所得税は累進課税で最高税率は30%ですが、年収が一定以下であれば税率は4~20%程度に収まります。
マレーシアには日本の年金や健康保険にあたる公的社会保険料の個人負担がないため、手取り率は日本より高めです。
また企業によってはマレーシアの年金基金(EPF)への任意加入や、民間医療保険への加入をサポートしてくれる場合もあります。
いずれにせよ、日本と比べ税負担は軽く、可処分所得の割にはゆとりある生活が送りやすい環境と言えるでしょう。
参考:
・WORLD POST:和食調理師、和食調理師見習い
・hsimizu0601のブログ:料理人として、マレーシアで就職する方法
ビザ制度:料理人が取得可能な就労ビザと家族帯同

就労ビザの種類と申請プロセス
マレーシアで合法的に就労するには、就労ビザ(Employment Pass, EP)を取得する必要があります。
Employment Passは現地企業がスポンサーとなって発給されるビザで、雇用契約の期間に応じて最長5年まで有効です。基本的に料理人もこのEPを取得して就労することになります。
EPには給与水準などに応じて3つのカテゴリーがあり、2025年現在の基準では以下の通りです:
・カテゴリーI – 月給10,000リンギット以上の経営層・高度専門職向け(最大5年のビザ、更新可)。
・カテゴリーII – 月給5,000〜9,999リンギットの管理職・専門職向け(最大2年のビザ、更新可)。
・カテゴリーIII – 月給3,000〜4,999リンギットの技術職・サポート職向け(最長1年、有期で更新回数制限あり)。
料理人の多くは給与水準から言えばカテゴリーIIあるいはIIIに該当します。
例えば月給5,000MYRであればカテゴリーIIとなり2年のビザが発給されますし、月給7,000MYRなら同じカテゴリーIIで更新を繰り返し長期勤務も可能です。一方、見習いレベルで月給3,000〜4,000MYR台の場合はカテゴリーIIIとなりますが、この場合ビザの更新に上限(2回まで等)があり長期滞在にはやや不利です。もっとも、現地で昇給してカテゴリーII以上になれば長期ビザへ切り替えることも可能です。
申請手続きは基本的に雇用主(現地受け入れ企業)が代行して行います。
求職者が日本で準備する書類は、パスポートや証明写真、健康診断書など最低限で、調理師免許の証明書類などは不要です。前述の日本人料理人も「ドイツでは調理師免許提出、ベトナムでは5年分の勤務証明提出が求められたが、マレーシアではそうしたものは一切求められなかった」と述べています。採用が決まれば雇用主側がオンラインで申請を行い、当局の承認が下りれば就労ビザ発給となります。
手続き期間は通常1~3ヶ月程度ですが、企業が事前にExpatriate Services Division (ESD)への会社登録を済ませていれば比較的スムーズです。
日本人の場合、渡航後に現地で就労パスを受け取る流れが一般的です(最初は短期入国し、承認後に一旦出国してEP発給ビザで再入国する場合もあります)。
なお、専門的な短期指導などで招かれるケースではプロフェッショナル・ビジットパス(Professional Visit Pass)が使われることもあります。
これは最長6ヶ月(場合により1年)の一時就労ビザで、現地法人ではなく日本側企業に雇用されたままトレーナー等として派遣される際に用いられるパスです。しかし一般的な常勤の料理人採用ではEmployment Passが基本です。
参考:
・Expatriate Services Division:Employment Pass (EP)
・MISHU:21 FAQs On Malaysian Employment Passes in Malaysia
・hsimizu0601のブログ:料理人として、マレーシアで就職する方法
家族帯同は可能か?
マレーシアで働く日本人料理人が家族を帯同することも可能です。但し、帯同にはいくつか条件があります。
Employment Pass所持者は配偶者や18歳未満の子供にデペンダントパス(家族滞在ビザ)を申請できますが、そのためには就労ビザ保有者の給与が月5,000リンギット以上であることが条件となっています。これはつまり、EPカテゴリーII以上であれば配偶者や子供を呼び寄せられるということです。カテゴリーIII(給与3,000〜4,999MYR)の場合は原則として家族帯同は認められません。
帯同家族が就学年齢の場合、インターナショナルスクールや日本人学校(クアラルンプールに日本人学校があります)への入学手続きも考慮する必要があります。
配偶者が現地で働きたい場合、デペンダントパスのままでは就労不可のため、別途就労ビザを取得するか、マレーシア人配偶者がいる場合は就労可能な長期滞在パスへの切り替えなどが検討事項となります。
また、EP所持者は両親や18歳以上の子供に対して長期滞在ビザ(Long-Term Social Visit Pass)を申請することも可能です。
これにより、例えば親を呼んで一定期間一緒に暮らすこともできます(ただし就労は不可)。いずれにせよ、家族帯同を希望する場合は給与条件(5,000MYR以上)を満たす職に就くことが第一です。その上で、企業の人事担当者に家族の帯同予定がある旨を伝え、必要なサポート(就労ビザ申請時に一緒に家族分も手配してもらう等)を依頼すると良いでしょう。
参考:
・Expatriate Services Division:Employment Pass (EP)
・MISHU:21 FAQs On Malaysian Employment Passes in Malaysia
・hsimizu0601のブログ:料理人として、マレーシアで就職する方法
生活情報:物価・家賃・食・交通・医療・治安は?
マレーシアで生活するにあたり、日本との違いが大きいポイントについて整理します。
現地での暮らしは総じて「日本より楽で快適」と感じる日本人が多いようです。以下、主要な生活情報を項目別に概観します。
物価
マレーシアの物価は日本の半分程度という印象です。
日用品や食品の価格は概ね日本の6~7割程度、外食費もローカルフードであればワンコイン(日本円150~300円程度)で済むこともあります。
ただし輸入品や高級スーパーの商品は日本より割高な場合もあります。
日本食レストランの料金は日本と同等かやや安いくらいですが、現地ローカルの食事(ナシレマや中華系麺類等)は非常に安価です。総じて、日本に比べ出費は少なく抑えられるため、貯金もしやすい環境と言えるでしょう
家賃
クアラルンプールなど都市部でも日本より住宅費は安く、設備の整ったコンドミニアムが手頃に借りられます。
例として、KL市内で日本人料理人の方が月額約5万5千円(約1,800MYR)で55㎡のワンルーム・コンドミニアムに住んでいるケースがあります。プールやジム付きの物件でこの価格というのは、日本では考えられないほど割安です(同等の条件なら東京では月20万円以上は下らないでしょう)。
地方都市ではさらに安く、大きな一軒家が月5〜6万円程度で借りられることもあります。ただし都心の高級コンドミニアムや日本人学校近くの物件は相場が高めです。
それでも総じて住宅コストは日本の半額以下と見てよいでしょう。
日本食材の入手
クアラルンプール首都圏には伊勢丹や伊藤忠系の「ISETAN」スーパー、イオン(AEON)、ドンドンドンキ(DON DON DONKI)など日本食材を扱う店が多数あります。
日本米、醤油、みそ、豆腐、緑茶、調味料、冷凍魚介類に至るまで、大抵のものは手に入ります。コンビニ大手のFamilyMartも日本そのままの商品展開で急速に店舗を増やし、日本食ブームを象徴する存在となっています。現地資本のスーパーでも刺身用の魚や寿司が売られているほど、日本食材は一般化しています。
ただし価格は割高で、日本の2~3倍するものもあります。例えば日本産の果物や和牛などは高級品です。
一方、醤油や味噌はマレーシア産や周辺国産の廉価品もあり、工夫すればそれほど出費せず日本の味を再現できます。
総じて都市部なら日本食材に困ることはなく、地方でもKLの通販等で取り寄せ可能です。
交通
クアラルンプール首都圏は鉄道・モノレール・バスなど公共交通網も発達していますが、やはり基本は車社会です。
多くの駐在員や現地日本人は車を所有または社用車で移動しています。ただ渋滞が酷いため、近年は配車アプリ「Grab」を使ったタクシー移動や電車通勤を選ぶ人も増えています。通勤時間帯(17:30~19:00頃)は激しい渋滞が起こるため、職場と住居が近ければその方が快適です。
実際、前述の日本人寿司職人の方も「職場近くに住んでいるので通勤に時間がかからず助かっている」と述べています。
鉄道は路線によりますが時間通りに来ないこともあり、日本のような正確さは期待できません。とはいえ移動に困るほどではなく、都市部なら車なしでも生活可能です。地方都市では車がほぼ必須ですが、その場合も日本より車両価格・ガソリン代とも安めです。
医療
マレーシアは医療水準が比較的高く、特に私立病院は設備が充実し医師の英語も堪能です。
外国人は公立病院だと言葉の問題もあるため、多くは私立病院を利用します。診療費は日本の保険適用時より高額になることもありますが、それでもシンガポールなどよりは安価です。企業が民間医療保険を用意してくれる場合もあるので活用しましょう。日系のクリニックもKLには存在します。常備薬や日本の薬は基本的に持参するか、日本からの来訪者に持ってきてもらう方が安心です(現地でも大抵の薬は手に入りますが成分や効き目が微妙に異なることがあります)。
治安
マレーシアの治安は東南アジアでは比較的良好な方で、致命的な事件に巻き込まれる可能性は低いです。
しかしスリ・ひったくりなどの軽犯罪は都市部で散発しており注意が必要です。特にオートバイによるひったくりが有名で、夜間に一人歩きする際はカバンを車道側に持たない等の対策をしましょう。コンドミニアムや商業施設には24時間警備員がいることが多く、安全面では配慮されています。
また多民族国家ゆえ、人種や宗教間のトラブルに発展しないよう節度ある行動も求められます。
デモや政治集会など人が密集する場所には近づかないようにするのが無難です。
総じて、普通に生活する上では日本と同程度かそれ以上に快適で安全との印象を持つ駐在員も多いです。
参考:
・飲食大学:わずか半年足らずでマレーシアの高級寿司店で腕をふるう鯨岡慎平さん。大手金融会社を辞めて、寿司職人へなったワケとは
・WORLD POST:和食調理師、和食調理師見習い
・山田コンサルティンググループ株式会社:Market Report – Malaysia –マレーシアにおける食品市場の概況 2020
・CONNECTION:マレーシアで日本食が人気の理由とは?
文化的な注意点:職場習慣・労働観・コミュニケーション
マレーシアは多民族・多文化国家であり、職場においても日本とは異なる文化や習慣があります。
その中で日本人料理人が円滑に働くために留意すべきポイントをまとめます。
働き方・労働観の違い
マレーシアではワークライフバランスを重視する人が多く、家族との時間や自分の時間を優先する傾向があります。
勤務時間が終わればさっと帰宅するのが一般的で、毎晩会社の付き合いで飲みに行くような習慣もほとんどありません。実際、現地スタッフは勤務時間内にきっちり仕事を終わらせ、17時半~19時には一斉に帰宅するので道路は大渋滞になります。日本のようにサービス残業をしたり、会社のために私生活を犠牲にする「愛社精神」を前面に出す人は少ないです。
逆に言えば、雇用側も従業員の私生活や家族を尊重する姿勢が求められます。長時間の残業や休日出勤が常態化すると優秀な人材ほど辞めてしまうので、「効率よく働き定時で帰す」マネジメントを心がけることが重要です。
時間感覚とルーズさ
時間に対する感覚は日本ほど厳密ではありません。
待ち合わせに遅刻して来たり、時には無断欠勤するスタッフも皆無ではありません。小さな遅刻やミスにはおおらかで、いちいち怒ったり詫びたりすることもあまりありません。遅刻の理由で最も多いのは「交通渋滞」です。マレーシアでは渋滞が日常茶飯事なので、「遅刻=交通渋滞」は一定の理解があり、本当かどうか深追いせず咎めないことも多いです。ただし何度も繰り返せば当然注意され評価に影響します。
日本人シェフとしては、自分が時間通りに行動するのはもちろんですが、周囲のルーズさに神経質になりすぎず寛容な心を持つことが大切です。
「またか…」と思っても笑顔で受け流しつつ、チームとして締めるべき所は締める、という柔軟さが必要でしょう。
上下関係と叱責の文化
マレーシア人は一般に穏やかで他人に寛容な性格の人が多く、人前で怒鳴ったり叱責したりする文化がありません。
上司が部下を頭ごなしに叱りつけるようなことは稀で、日本のようにミスのたび「すみません!」と平身低頭になる光景も少ないです。もちろん上下関係そのものは存在し、特に年長者や上司への敬意は払われますが、基本的に職場はフラットで和やかな雰囲気です。そのため、日本の感覚で強く叱責すると相手のプライドを傷つけ信頼を失いかねません。
指導の際は人格否定ではなく具体的な改善点を優しく伝えるなど、面子をつぶさない配慮が必要です。
また、マレーシアには多民族がおり、それぞれ「NO」を直接言わず遠回しに婉曲表現する文化もあります。
部下の発言に含まれる微妙なニュアンスを汲み取り、表情や沈黙の意味を読み取るコミュニケーション力も求められるでしょう。
宗教・習慣への配慮
マレーシアではイスラム教徒(マレー系)が人口の約60%を占めるため、職場でも宗教的配慮が欠かせません。
ムスリムのスタッフがいる場合、1日5回の礼拝時間(祈祷時間)には業務スケジュールを柔軟に調整する必要があります。昼休みにモスクへ礼拝に行く社員もいますし、金曜昼は主礼拝の日なので男性ムスリムは長めの休憩を取ります。
またラマダン(月曜断食)期間中は日中に飲食しない同僚に配慮し、目の前で食事をとらない・勤務時間を軽減するなどの対応が望まれます。
ハラール(イスラムの戒律に適合した飲食)への配慮も必須で、社内イベントや会食では豚肉やアルコールを避けるのが原則です。これらを怠ると信頼関係を損ないかねないため、企業や管理職側が積極的に理解を示し対応する姿勢が求められます。
幸い、昨今は和食店側もハラール対応メニュー開発に力を入れており、ムスリムスタッフにも受け入れられる環境作りが進んでいます。
有給休暇・病欠
マレーシアでは法律で年14日以上の病気休暇(病欠用の有給)が付与されることになっています。
そのため、体調不良時は病院で診断書(Medical Certificate、通称MC)をもらえば有給とは別枠で休めます。日本のように有給休暇を使って病欠を賄う必要がなく、堂々と「今日は熱があるので休みます」と連絡が来ることもしばしばです。
日本人上司から見ると「また休むの?」と感じる頻度でも、現地では当然の権利として受け入れられています。
有給休暇も取りやすく、長期休暇で旅行に出かける人も多いです。日本人料理人も、自身のリフレッシュのために遠慮なく有給を活用すると良いでしょう。
言語・コミュニケーション
前述の通り、英語は仕事上ほぼ必須の共通語です。
ただし現地スタッフとの意思疎通で大切なのは言語以上に相手を尊重する姿勢です。
多民族が共存するマレーシアでは、自分の文化や意見を一方的に押し付けず相手のバックグラウンドを尊重することが信頼関係の構築につながります。例えば指示を出す際も、「郷に入りては郷に従え」の精神で現地のやり方を理解しつつ、自分の意図を丁寧に説明することが大事です。
日本語しか話せないスタッフがいる場合(例えば日本人同士)は、その場だけで会話が完結しないよう気を配りましょう。
幸い、多くのマレーシア人は親日的で、日本人に対して寛容です。
笑顔と挨拶、そして感謝の言葉「Terima kasih(テリマカシ=マレー語でありがとう)」を忘れなければ、きっと職場になじむことができるでしょう。
以上のような点に注意しつつ、現地の文化に対する理解と適応力を持って働けば、マレーシアでの職場生活はきっと実りあるものになるはずです。
参考:
・eeevo:【日本とマレーシアの働き方の違いって?】マレーシアの働き方における特徴をお伝えします!
・マレーシアHACK:クアラルンプールと日本との働き方の違い。在住日本人が解説
・iconic Job:マレーシアと日本との働き方の違い|知っておくべき5つの特徴<ワークライフバランス>
・Digima:マレーシアの習慣とビジネス常識|商談・交渉・マネジメントで失敗しない商習慣ガイド
マレーシアで活躍する日本人料理人の事例
最後に、実際にマレーシアで活躍している日本人料理人のエピソードをいくつかご紹介します。
先人たちの経験談は、これから挑戦する方にとって貴重なヒントになるでしょう。
ケース1:30歳で寿司職人に転身、半年でKLの高級寿司店へ
鯨岡慎平さん(32歳)は元々大手企業の営業職でしたが、「海外で働きたい」という夢を叶えるため30歳で寿司職人への道に飛び込みました。
東京の寿司スクールで短期集中修業を経て、なんと半年足らずでクアラルンプールの高級寿司店「Sushi Azabu」に就職することに成功しました。Sushi AzabuはNYや東京で知られる名店で、KLでは伊勢丹内に店舗を構える人気店です。未経験からわずかな期間で海外高級店に立つまでになった鯨岡さんの行動力は大きな話題となりました。
本人曰く、「マレーシアは非常に過ごしやすく働きやすい環境」である一方、更なるキャリアアップも視野に入れつつ50代半ばまでは海外で経験を積みたいとのことです。
クアラルンプールでの生活についても、「職場近くに住んで通勤が楽」「家賃は月約5.5万円でプール・ジム付きの快適なコンドミニアムに住めている」とその充実ぶりを語っています。鯨岡さんのように思い切ったキャリア転身と海外挑戦を果たした例は、「海外でチャレンジしたい」と考える日本人料理人に大きな勇気を与えてくれます。
ケース2:異業種から和食シェフとしてマレーシア移住
清水秀樹さん(仮名)はフランスやベトナムでの就業経験を持つ料理人ですが、2021年前後にマレーシア・クアラルンプールの日系居酒屋に就職しました。
清水さんはブログで「ドイツやベトナムに比べてマレーシアでの就職は一番簡単だった」と振り返っています。理由は、前述したように調理師免許や長年の職務経歴証明を求められず、採用さえ決まればスムーズに就労ビザが取得できる点にあるようです。
清水さんは現地採用で月給5,000MYR+住居提供という条件でした。
最初は手取り約12万円という収入に不安もあったそうですが、「1店舗の料理長になれば月給10,000MYR(約30万円)になる」と聞き、まずは経験を積むことを優先して渡航を決意したといいます。
実際に赴任してみると、現地の物価なら月12万円でも十分やっていけること、仕事も生活も想像以上に順調だったことをブログで報告しています。
清水さんのケースからは、「まず飛び込んでみることで道が開ける」という教訓が得られます。
迷っているより動いてみる—マレーシアの懐の深さがそれを受け止めてくれる好例と言えるでしょう。
ケース3:シンガポール発の焼き鳥店をマレーシアで指揮
日本で修業を積んだベテランの焼き鳥職人が、シンガポールの人気居酒屋チェーン「とりまろ(仮)」のマレーシア出店に料理長として招かれるケースも出てきています。
2025年にはクアラルンプールに同店が開店し、日本人シェフがその腕を振るっています。このように、他国で成功した日系飲食ブランドがマレーシア市場に進出する際に日本人料理長が活躍の場を広げる例も増えています。マレーシア人スタッフに日本の焼き鳥の技術や提供スタイルを教えつつ、現地の嗜好に合わせてメニュー開発を行うなど、やりがいは大きいとのことです。多店舗展開の話もあり、成功すれば東南アジア全域で活躍できるチャンスにつながるでしょう。
これらの事例から分かるように、マレーシアでは若手からベテランまで日本人料理人が各所で活躍しています。
皆に共通するのは「チャレンジ精神」と「現地への適応力」です。マレーシアで得た経験は、今後アジア他国や日本で独立する際にも大きな財産となるはずです。
参考:
・飲食大学:わずか半年足らずでマレーシアの高級寿司店で腕をふるう鯨岡慎平さん。大手金融会社を辞めて、寿司職人へなったワケとは
・hsimizu0601のブログ:料理人として、マレーシアで就職する方法
・Weekely MTOWN:シェフが語る「TORIMARO」の魅力 シンガポールの人気店がマレーシアに進出!
マレーシアの日本食市場の評価と今後の展望
現地での評価
マレーシアにおける和食の人気は年々高まっており、現地消費者からの評価もおおむね良好です。
「日本食=高品質で美味しい」というイメージが定着しており、健康志向や日本ブームもあいまって中間層にも広く受け入れられています。
もっとも、価格帯によって利用頻度は様々で、富裕層や日本人駐在員にとって日本食は日常的な外食の選択肢ですが、一般のマレーシア人にとっては「少し高いけれど時々食べたいごちそう」です。
ある現地インタビューでは、20〜30代の会社員に「どのくらいの頻度で日本食を食べるか?」と尋ねたところ、「1~2週間に一度」「月に一度くらい」「特別な時に年に数回」といった回答が得られました。このように頻度には差があるものの、「日本食は好きだ」という点では皆共通しています。
また若年層ではラーメンや寿司が人気で、SNS映えする日本食(デザートや創作和食など)も話題になることがあります。総合すると、和食は「おしゃれで美味しい外食」の代表格としてマレーシア人に認知されているといえるでしょう。
市場規模と拡大傾向
前述の通り、日本食レストランの数は2020年約1,000店(KL近郊)から2023年には全土で1,890店へと増加しています。
これはコロナ禍からの回復とともにチェーン展開企業の進出が加速したこと、そして現地ローカル資本による和食店開業も盛んになったことが背景にあります。日本の農林水産省の調査によれば、東南アジア地域の日本食レストラン数は2021年から2023年にかけて約2割増加しました。
マレーシアもまさにそのトレンドに乗っており、日本食人気の高まりが数字にも表れています。
クアラルンプールだけでなく主要都市や観光地へと和食店が広がり、専門店化・大衆化・現地資本化といった動きも進んでいます。現地企業が日本からシェフを招聘して本格和食店を開いたり、逆に日本の外食企業が現地パートナーと提携してチェーン展開する例も増えています。
今後の展望
マレーシアの日本食市場は今後も明るい展望が開けています。
まず、経済成長に伴う中間層の拡大により、日本食を日常的に楽しめる層が増えていくことが期待されます。現にファミレス的な定食屋から回転寿司、ラーメンチェーンまで進出が相次いでおり、「安くておいしい日本食」を提供する店がさらなる集客を見込んでいます。一方で富裕層向けには寿司のオマカセや懐石、鉄板焼きなど高単価業態のニーズも高まっています。実際、「和食=ヘルシーで高級」というイメージも手伝って、高級和食店は欧米料理以上に人気という声もあります。
また、ハラール和食という新たなジャンルも成長余地があります。
ムスリム市場向けに豚肉不使用・アルコール提供なしのラーメン店や居酒屋が出てきており、これらはマレー系住民からも好評です。日本酒や焼酎などアルコールについてはムスリム以外の客層に限定されますが、日本産のお酒も富裕層華人を中心に少しずつ浸透しています。
さらに、マレーシア政府は日本からの観光客誘致やクールジャパン推進にも積極的で、ショッピングモール内に「東京ストリート」と称した日本フロアが設けられるなど官民で日本ブームを支えています。こうした追い風もあり、和食文化は今後も拡大・深化していく見込みです。現地の日本食材流通もますます充実し、日本の地方特産品フェアや物産展も頻繁に開催されています。つまり、日本人料理人にとってマレーシアは腕を振るう場が広がり、かつ日本の味を追求しやすい環境が整ってきているのです。
総括すると、マレーシアは「海外で和食に携わりたい日本人料理人」にとって理想的なフィールドと言えるでしょう。
求人は豊富で給与は現地生活に十分、ビザ取得も比較的容易、生活コストは低く、文化的多様性に富んだ働きやすい社会です。実際に多くの先輩方がマレーシアでキャリアと充実した生活の両方を手に入れています。和食エージェントとしても、今後マレーシアで活躍する日本人シェフのさらなる増加を期待しています。
ぜひ本記事の情報を参考に、マレーシアでの新たな一歩を踏み出してみてください。
きっとその決断は、あなたの料理人人生において大きな実りをもたらすことでしょう。
参考:
・CONNECTION:マレーシアで日本食が人気の理由とは?
・newsclip.be:東南アジアの日本食レストラン タイ5330店、インドネシア4000店
・note:マレーシアで行ってみた 日本食レストラン編
・山田コンサルティンググループ株式会社:Market Report – Malaysia –マレーシアにおける食品市場の概況 2020