中国で日本人料理人として働くには?求人から生活まで徹底ガイド
中国全土(北京、上海、広州、深センなど)への進出を検討している日本人料理人の皆さんへ、中国で働く上で知っておくべきポイントをまとめました。
求人市場の現状から給与相場・待遇、ビザ情報、現地での生活事情、文化ギャップ、そして先輩料理人の活躍事例や日本食市場の評価と展望まで網羅的に解説します。30〜40代を中心とした料理人の方々に役立つ情報をお届けします。
1. 求人市場の傾向
中国における日本食ブームは年々拡大しており、和食レストランの数は約7万8千店にも上ります。
特に経済発展が著しい大都市圏に求人が集中しており、上海市が突出しています(日本企業系飲食法人の約29.4%が上海に集中)。次いで広東省(広州・深セン)が22.1%、江蘇省(蘇州・南京など)が15.6%と続き、この上位3地域で全体の7割弱を占めます。北京も有力市場の一つであり、その他では観光客の多い四川省(成都など)も日本食ニーズが高まっています。
どんなジャンルの和食が人気か?
従来は寿司や高級懐石が中心でしたが、現在では寿司以外にも幅広いジャンルの和食が人気です。
例えばラーメンや天ぷら、焼肉、牛丼といった業態も続々と出店し、各都市の飲食シーンに溶け込んでいます。最近では回転寿司チェーンの進出も相次ぎ、くら寿司やスシローといった日本の大手が上海や北京に店舗を構えています。
また、日本式の居酒屋(焼き鳥やおでん等)も注目度が上がっており、2024年には和民グループの居酒屋「鳥メロ」が深センで再出店を果たすなど、カジュアル業態にも商機があります。高品質な和牛を提供する焼肉店や、鉄板焼き、おまかせ懐石など高単価業態も根強い人気です。近年は中価格帯の焼き鳥店や和食ダイニングも伸びており、質とコストのバランスを重視する顧客層の支持を集めています。
求められるスキル
求められるスキルとしては、やはり日本で培った専門的な料理技術と経験が重視されます。
寿司職人であれば魚の目利きや江戸前の技術、天ぷら職人なら揚げの技術、ラーメン職人ならスープの開発力…といった本場仕込みの腕前が評価されます。またマネジメント経験も重要です。現地スタッフを指導したり店舗運営を任されるケースも多いため、料理長・副料理長クラスの求人が目立ちます。
語学については後述しますが、求人の中には「日本語でOK」「言語スキル不要」と明記されたものもあり、語学不問で採用される例もあります。その場合、料理スキルや実績がよほど重視されていると言えるでしょう。
参考:
・RecordChina:すしにラーメン、居酒屋も、日本食レストラン競争がヒートアップ―中国メディア
・@Press:「中国における日系飲食業の市場動向」調査結果を発表 ~子会社数は、すき家・はま寿司を展開する「ゼンショーホールディングス」が最多~
・Digima:海外での「日本食ブーム」の最新状況&「現地の外国人の和食への反応」まとめ
・日本貿易振興機構:中国の今がわかる!現地”食”情報レポート
2. 給与・待遇の相場
給与水準(現地通貨と円換算)
中国の日本食レストランで働く料理人の給与は、日本に比べて高めに設定されることが多く、ポジションや業態によって幅があります。
一般的な都市部の和食店では、月給で人民元¥20,000〜¥30,000程度(約40〜60万円)が一つの目安です。たとえば上海の日系高級焼肉店の料理長求人では、年収約630万円(1元=21円換算)という提示がありました(月給にすると約¥52.5万円=人民元¥25,000前後)。
高級寿司店の料理長クラスになると年収945万円程度(約人民元¥45,000/月)というケースもあります。実績豊富な一流料理人には破格の待遇が提示されることもあり、上海の新規懐石店では月額手取り100万〜160万円(税込・税引後)という求人もありました。
このように給与幅は大きいですが、5〜10万人民元/月クラスの求人はごく一部であり、多くはその半分程度からスタートする認識でよいでしょう。
チップ制度
中国では基本的にチップの習慣はありません。
欧米のようにサービス料を上乗せする文化が根付いていないため、給与以外でチップ収入を得ることは通常期待できません。
ただし高級店ではサービス料(10%前後)を設定している場合があり、それがスタッフに配分されることもありますが、日本人料理人の場合は主に固定給+賞与で収入を得るケースがほとんどです。
福利厚生
現地採用でも福利厚生が手厚い求人が多い点も特徴です。
求人票を見ると「社宅・住居手当あり」「健康保険あり」「家族手当あり」等の待遇が明記されているものが多数あります。会社が借り上げ住宅を用意してくれたり、住宅手当として数千元が支給されるケースもあります。
また海外医療保険への加入、年1回の帰国往復航空券支給、ビザ取得費用負担などが含まれることも一般的です。
賞与は業績に応じて年1〜2回支給される企業が多く、インセンティブ制度(売上に応じた報奨金)を設けているところも見られます。
税制上のポイント
中国の個人所得税は累進課税で、高収入になるほど税率も高くなります。
そのため求人によっては上記のように「手取り(税引き後)○○円」とネット金額で提示される場合もあります。契約時には提示額が税前か税後かを確認することが重要です。また2022年以降、外国人駐在員向けの住宅手当・子女教育手当の非課税枠などが段階的に廃止され、基本的に外国人も中国人と同様の課税がなされるようになっています。
税率自体は日本と大きく変わりませんが、高額所得部分については中国の方が税率が高くなる場合もありますので、高収入層の方は税引後の手取りベースで資金計画を立てると安心です。
参考:
・Washoku Agent:※募集終了 中国上海: 新規オープン一戸建て高級懐石店で料理長募集!(求人番号CN240301)
3. ビザ制度(就労ビザと家族帯同)
就労ビザの種類
中国で合法的に働くには「就労(Z)ビザ」が必要です。
Zビザは入国時の査証であり、実際に現地で働く際はビザ取得後に「外国人就業許可証」と「居留許可(就労用)」を取得して滞在する形になります。日本人料理人の場合、基本的には現地雇用先(レストラン運営企業)がスポンサーとなり、就業許可証の発行手続きを行ってくれます。
発行にあたっては学歴・職歴など一定の要件(通常、大卒+2年以上の実務経験が一つの基準)が求められますが、調理師専門学校卒や長年の実務経験のみでもビザ取得できた事例もあります。
高度人材と認められる場合や給与水準が高い場合はZビザの取得ハードルも下がる傾向にあります(中国の就労ビザは人材をA類・B類・C類にランク分けしており、一流シェフや高給者はA類として優遇されやすい制度があります)。
ビザ申請の流れ
就職先が決まったら、まず中国当局へ「外国人工作許可通知(就労許可通知)」の申請を行い、許可がおりると通知書が発行されます。
これを持って日本国内の中国大使館・領事館でZビザの発給申請を行い、ビザを取得して渡航します。入国後15日以内に健康診断を受け、その結果など必要書類を添えて就業許可証(労働許可証)と居留許可証(滞在許可)の手続きを現地で完了させます。居留許可証は通常1年更新で発給され、契約更新に合わせて毎年延長する形です。
家族帯同ビザ
配偶者や子供を帯同する場合、家族は「Sビザ(私的訪問査証)」を取得し、中国到着後に家族滞在用の居留許可(S1ビザの場合)に切り替える必要があります。
対象となる家族は配偶者、夫妻の両親、18歳未満の子供までが原則で、それ以外(例えば成人したお子さん等)は長期帯同は認められません。
S1ビザは長期滞在用(180日超)、S2ビザは短期用(180日以内)と区分されます。家族帯同ビザの取得には戸籍謄本など続柄を証明する書類や、主たる就労者の就労証明書類が必要です。また帯同家族は就労不可である点に注意してください。家族ビザで滞在する配偶者は現地で仕事を持つことが許されず、どうしても働きたい場合は別途自分自身で就労ビザを取得する必要があります。
帯同家族の生活
大都市には日本人学校や日本語補習校もあり、お子さんを現地校ではなく日本の教育カリキュラムで学ばせることも可能です。
例えば上海日本人学校や北京日本人学校などが有名です。
ただし日本人学校への入学には家族帯同の居留許可が必要で、このビザがないと入学許可が下りません。帯同ビザを取得していれば、現地で銀行口座を開設したり携帯電話の契約を結んだりといった生活インフラ手続きもスムーズに行えます。
参考:
・中国赴任が決まったら見るサイト:中国の就労ビザを取得する方法 ご家族の分もまるっとスマート解説!
・中国(上海)ビジネス情報:家族帯同ビザ、S1・S2ビザ
・在中国日本国大使館:居留許可、就労、査証(ビザ)に関する注意事項
4. 現地での生活情報
中国で暮らす際の物価・生活環境について、日本との違いを押さえておきましょう。
都市によって差はありますが、全体的な物価水準は日本と同程度かやや安い印象です。ただし都市部の住宅費など一部は東京以上に高額になる場合もあります。
物価・家賃
食費や日用品などはローカル市場を利用すれば日本より安く抑えられます。一方で外食(特に欧米系や日本食)や輸入品は割高です。
家賃相場は都市により大きく異なり、例えば地方都市ならワンルーム月3000元(約6万円)程度でも借りられますが、大都市では5000元(約10万円)以上が一般的です。上海・北京の中心部高級エリアではワンルームでも月16000元(約25万円)に達し、東京以上の水準となっています。
日本人が多く住む安全な地域や設備の良いマンションほど高めですが、その分快適に暮らせます。会社によっては住宅手当を支給してくれるため、契約前に交渉してみる価値はあります。
日本食材の入手
大都市には日本人向けのスーパーや食材店が充実しており、醤油、みそ、米、だし、日本のお菓子や調味料まで一通り揃います。
上海にはCity Shopや和日スーパー、北京では吉之島(ジャスコ)や伊勢丹系列の食料品店などがあり、多少値は張りますが日本とほぼ同じものが手に入ります。またネット通販も非常に発達しており、淘宝(タオバオ)や天猫国際、京東(JD.com)などで日本食品を注文することも可能です。
実際に上海に住む日本人からは「日本製品が手に入りやすく、生活がしやすい」という声が多く、現地で不自由なく日本の味を再現できるでしょう。
交通事情
中国の主要都市は公共交通機関が発達しています。
地下鉄網は東京並みに整備されており、初乗り運賃は2元(約40円)程度と安価です。バス路線も多く、アプリで経路検索して利用できます。移動はスマホ一つで完結し、ICカードやスマホ決済(支付宝=Alipayや微信支付=WeChat Pay)で改札を通過するのが一般的です。
タクシーも日本に比べ安く、初乗り¥300〜400程度。配車アプリの滴滴出行(DiDi)を使えば、言葉に自信がなくても目的地設定でタクシーを呼べるので安心です。道路事情は都市によりますが、渋滞が激しい時間帯もあるため通勤先との距離は考慮しましょう。
医療環境
中国の医療機関はピンキリですが、大都市には国際病院やクリニックがあり、日本語や英語の通じる医師が在籍しています。
診療費は高額ですが、会社加入の医療保険や海外旅行保険でカバーできる場合が多いです。一般の公立病院は安価で設備も整っていますが非常に混雑し、言語面のハードルがあります。持病のある方は日本語対応の医療機関や、必要な常備薬の入手方法(現地購入or日本から持参)を事前に確認しておくと安心です。
なお、中国では病院の薬局で処方薬を受け取る形式が一般的で、ドラッグストアでの処方薬購入は限られます。
治安・安全
中国の都市部の治安は総じて良好です。
上海や北京などでは夜間の女性一人歩きでも比較的安全と言われ、日本人駐在者からも「治安面の不安は少ない」との声が聞かれます。銃犯罪もなく、警察官の巡回や防犯カメラ網が発達しているためでしょう。
ただしスリや置き引き、詐欺まがいの客引きには注意が必要です。有名な観光地や繁華街ではスマホを手に持ったまま歩かない、人混みでリュックは前に抱える等の自衛策は取るべきです。また、交通マナーは日本ほど良くないため道路横断時の安全確認は怠らずに。
総じて日本と同程度かそれ以上に安全ですが、「自分の身は自分で守る」意識を持って生活しましょう。
その他生活情報
言語面では、若年層を中心に英語が通じる人も増えていますが、日常生活では中国語(普通話)ができると圧倒的に便利です。
買い物や宅配アプリ、役所の手続きなど基本は中国語表記のため、渡航前に簡単な会話や読み書きを勉強しておくことをおすすめします。現地で働きながら中国語を学んでいる日本人料理人も多いようです。
インターネット環境については、中国本土ではGoogleやFacebook、LINEなど日本で使っているサービスの一部が利用制限(いわゆるグレートファイアウォール)されています。現地生活ではWechat(微信)やQQといった中国独自のアプリが連絡手段の主流になります。
必要に応じてVPNを契約し、日本のサービスを使えるよう準備しておくと良いでしょう。
参考:
・Expat Life Japan:中国の生活費は平均いくらくらいかかるの?上海版
・ALA!中国: 中国の物価は日本と比べてどうですか?
・Washoku Agent:※募集終了 中国上海: 新規オープン一戸建て高級懐石店で料理長募集!(求人番号CN240301)
5. 中国で働く際の文化的な注意点
中国と日本では職場の文化や働き方の価値観にも違いがあります。
現地の慣習を理解し、柔軟に適応することが大切です。ここでは職場習慣やコミュニケーションの違い、労働観のギャップについて押さえておきましょう。
コミュニケーションスタイルの違い
中国人は物事を伝える際に率直であることを良しとする文化です。
言いにくいことであってもハッキリ伝える人が多く、相手の欠点や業務上の問題点も遠慮なく指摘します。これは「正直に意見を言う方が相手やビジネスのためになる」と考えているためで、裏を返せば曖昧な言い回しは誤解を招く恐れがあります。
一方、日本人は和を重んじて婉曲な表現をしがちですが、中国でははっきりものを言う方が信頼される場面も多いです。
職場では自分の意見や要望を明確に伝える姿勢を持ちつつ、相手の率直な指摘も前向きに受け止めるようにしましょう。
個人主義と責任感
中国の職場では個人プレーの傾向が強く、自分の担当業務に対して強い当事者意識を持つ人が多いです。
任された仕事は「自分が全責任を負う」という気概で取り組み、完了するまで上司へ逐一報告や相談をしないケースもしばしば見られます。日本のように細かくホウレンソウ(報告・連絡・相談)をする文化とは異なり、良くも悪くも自律的です。
部下を持つ立場になった場合は、進捗共有のタイミングを予め取り決めておく、任せっぱなしにせず適度に声をかける、といったマネジメントが必要です。
また自分が部下の立場なら、「指示されたことは最後まで自主的にやり遂げる」という姿勢が信頼に繋がるでしょう。
労働観・ワークライフバランス
日本では長時間労働やサービス残業が社会問題になるほど仕事優先の風潮がありましたが、中国人は総じてプライベートを重視します。
家族や恋人と過ごす時間を非常に大切にしており、たとえ仕事が残っていても定時になればさっと帰宅するのが当たり前という感覚です。休日出勤や深夜残業は極力避けようとしますし、会社の飲み会に業務外で付き合う文化も日本ほど一般的ではありません。この点を理解し、日本的な感覚で部下に過度な残業を頼んだり、勤務後の付き合いを強要すると反発を招く可能性があります。
一方で、中国のサービス業界は営業時間が長くシフト制勤務が多いことも事実です。
飲食業でも繁忙時間帯は長時間労働になりますが、その分シフト調整で休みをしっかり確保したり、有給消化率が高かったりする傾向があります。
「仕事は仕事、休みは休み」というメリハリを尊重することが大切です。
上下関係と職場の風土
中国でも職場の上下関係は存在しますが、日本ほど形式ばった上下関係や年功序列は強くありません。
年齢よりも能力や結果を重視する実力主義の色彩が強めです。そのため、部下であっても良いアイディアがあればどんどん提案してきますし、上司もフランクに部下と接する企業文化が多いようです。ただし礼儀が不要というわけではなく、敬意は示しつつも日本ほどへりくだらないイメージです。
また中国語では上司に対しても「您 (あなた)」という敬称を使う以外は敬語の区別があまりないため、言語的にもストレートに意見交換が行われます。日本人同士のような阿吽の呼吸や空気を読む文化は期待できないので、指示や意思表示は明確に行うことを心がけましょう。
語学力の必要性
前述の通り、中国語ができれば望ましいですが、必須かどうかは職場によります。
日系企業経営の店や日本人客相手の店では日本語のみで通せる場合もありますし、実際「語学不問」で採用する求人も存在します。
ただし現地スタッフは基本中国人ですから、厨房内のコミュニケーションや食材の発注・仕入れなどで中国語ができた方が円滑なのは確かです。最低限の中国語(調理場で使う食材名や簡単な指示)は覚えておくと現場で重宝します。
また高級店では富裕層の中国人客や欧米人客も来店するため、英語が求められるケースもあります。
求人票に「語学力:英語日常会話レベル」などと記載されていることもあります。逆にローカルスタッフとの意思疎通は英語では難しいため、中国語と英語の両方を少しずつでも習得していくのが理想です。現地に飛び込んでから学ぶこともできますので、必要以上に心配せず、「伝える努力」を怠らない姿勢があれば大丈夫です。
参考:
・YOLO WORK:中国人と日本人の仕事への価値観の違いを把握することは大事
・TREHA:Exclusive interview with Chef Andy Matsuda of Sushi Chef Institute in Torrance, California: 3 of 3
6. 中国で活躍する日本人料理人の事例
実際に中国で成功を収めている日本人料理人も数多く存在します。その経験談から、チャンスと課題を学んでみましょう。
寿司職人・近藤さん(上海)
大阪で修行を積んだ近藤洋未さんは、8年目に師匠の薦めで上海の寿司店に料理長として赴任しました。
しかし「法律や制度が違うので、日本の常識が通用しないことが一番苦労しました」と語っています。例えば衛生基準や許認可手続き、従業員の労務管理など、日本では当たり前のことが中国では通じず、最初は戸惑ったそうです。
それでも持ち前の明るさと情熱で現地スタッフや顧客の信頼を掴み、着実にファンを増やしていきました。
3年後には独立を決意し、自ら寿司店『鮨処 近藤』を開業。その後も上海市内で会員制の寿司バーや巻物専門店など合計5店舗を運営するまでに事業を拡大しています。近藤さんの事例は、「現地のやり方を学びつつ、日本人としての強み(高い技術とおもてなし)を発揮すれば、大きな成功を掴める」ことを示しています。
ラーメン職人・Aさん(広州)
福岡出身のAさんは地元でラーメン店を営んでいましたが、2019年に単身広州へ渡り現地パートナーと共同で豚骨ラーメン店を開きました。
開店当初は「現地スタッフが麺の茹で加減や仕込み工程をなかなか守れず苦労した」と言います。言葉の壁もあり、仕込みを一緒にしながらマンツーマンで技術指導を繰り返す日々。それでも数ヶ月経つとスタッフも成長し、店は口コミで人気に火がつきました。
今では行列のできる繁盛店となり、「将来的には2号店、3号店と増やしたい」と意気込んでいます。
Aさんは広州の日本人会のSNSでも積極的に情報発信しており、現地在住日本人や中国人ファンとの交流を深めています。「中国の若い子たちは本当にラーメンが好きで、熱心に学べば必ず応えてくれる。日本人が培ったノウハウを伝えるやりがいがあります」とコメントしています(※インタビュー記事より要約)。
板前・Bさん(北京)
京都の料亭出身のBさんは、中国人投資家の誘いで北京の高級和食店の立ち上げに参加しました。
オープン当初から現地メディアに「ミシュラン三ツ星シェフが来た」と取り上げられるなど話題を集め、富裕層の予約が殺到。Bさんは「日本料理の真髄を伝えたい」と毎朝市場に出向いて自ら食材を吟味し、妥協のない味を提供し続けています。
中国政府による日本産食材の輸入規制(後述)により、思うように日本から材料を取り寄せられない困難もありますが、「代わりにカナダやノルウェーから魚を仕入れるなど工夫しながら対応している」とのこと。現地のお客様からは「日本に行かなくても本物の和食が楽しめる」と高評価を得ており、北京に和食文化を根付かせるべく奮闘中です。
このように各地で日本人料理人が活躍しており、その姿は現地メディアやSNS、インタビュー記事などでも目にします。
SNS上では現地生活の様子や料理の写真、日本との違いなどを発信する料理人も多く、中国語でファンと交流している方もいます。成功の鍵は「現地の嗜好に合わせた柔軟な発想」と「日本人ならではの職人気質やサービス精神」を両立させることのようです。
苦労はあっても、それを乗り越えて現地に愛される店を作り上げた先輩たちの存在は、これから挑戦する皆さんにとって大きな励みになるでしょう。
参考:
・飲食店.com:海を渡った料理人・近藤洋未氏。上海で和食は通用するのか、その戦いを追う
7. 中国の日本食市場の評価と今後の展望
中国における和食の評価
中国の消費者にとって和食は「美味しくてヘルシー、そして安全・高品質」というイメージが浸透しています。
実際、上海の中産階級を対象にした調査でも「日本料理は食材の新鮮さや安全性にこだわっており、栄養バランスも良い」という点を評価する声がありました。
また「接待やビジネス会食でも安心して使える」という信頼感も得ています。
こうした背景から、寿司や刺身だけでなく居酒屋業態や鍋料理、甘味・カフェに至るまで和食全般が広く受け入れられている状況です。
市場規模と成長
和食ブームの勢いは数字にも表れており、中国国内の日本食レストラン数は約7万3千軒、市場規模は約1,802億元(約3兆6千億円)に達すると報じられています。
この数はアメリカの約2万6千軒を大きく上回り、世界最大の日本食市場が中国本土であることを示しています。さらに2023年時点でこの数は2年前から20%増加しており、コロナ後の需要回復と円安を追い風に日本企業の出店も加速しています。
実際、2023〜24年にかけてスシローやくら寿司、ラーメンずんどう屋、牛丼のすき家など日本の大手チェーンが相次いで中国各地に新規出店しました。歴史的な円安により日本から見た海外展開のコストが下がったこともあり、日本の外食企業がこぞって中国市場に意欲を示しています。
競争環境
需要拡大に伴い、中国の日本食市場は競争が激化しています。
消費者はかつて「日本食は高い」という印象を持っていましたが、近年は価格にシビアになっており、各店は価格競争への対応を迫られています。例えば大衆向け回転寿司チェーンでは1皿10〜20元台(数百円)のリーズナブルな価格設定や、毎月8元(約160円)のプロモーションメニューを用意するなどの工夫がみられます。日本発の高品質路線 vs. 中国ローカル企業の低価格路線という図式もあり、実際に中国資本の寿司チェーン「N多寿司」(全国に2,033店舗展開)や「池田寿司」「村上一屋」などはコスパの高さを武器に着実に勢力を伸ばしています。
もっとも、そうしたローカル和食チェーンはまだ地域密着型が多く、日本発チェーンのような全国的知名度やブランド力では一歩劣るという指摘もあります。
今後、中国企業による和食チェーンがどこまで成長するか、日本勢にとって脅威になるかは注目ポイントです。
輸入規制の影響
ただし市場の先行きには政治・政策要因も無視できません。
2023年8月、中国政府は福島第一原発の処理水放出を理由に日本産水産物の全面輸入禁止措置を実施しました。ホタテやマグロをはじめ、日本から空輸される鮮魚に頼っていた高級寿司店・和食店には大打撃となり、「7万3千軒を超える日本料理店は頭を抱えることになる」との中国メディアの報道もありました。日本産食材をウリにしていた店は看板商品が使えなくなり、逆に最初から現地調達の食材でやってきた店は生き残れるというパラドックスが生じています。
実際には、多くの店舗が代替調達ルートを模索し、例えば北海道産ホタテの代わりにロシア産や中国国内産を使う、築地直送マグロの代替に地元港で水揚げされた魚を活用する、といった工夫で乗り切ろうとしています。
一部では「和食なのに日本産を使っていない」と敬遠する声もありますが、素材に頼らず腕と創意工夫で勝負する良い機会と捉える料理人もいます。
今後、日中関係や規制動向次第で状況は変わり得るため、最新情報にアンテナを張っておく必要があるでしょう。
今後の展望:
課題もある一方で、中国の和食人気は長期的に見ても明るい展望があります。
まず中間層・富裕層の拡大により、良いものにお金を払う消費者が増え続けていること。和食は健康志向ブームにもマッチしており、「ヘルシーで見た目も美しい日本料理」は特に若い世代や女性から支持を集めています。また訪日中国人観光客の増加により、本場の和食を味わった人々が帰国後も日本食ファンになるケースが増えています。そうした人々がSNSで情報発信し、「次は地元で美味しい和食を食べたい」となればビジネスチャンスです。
さらに日本酒や焼酎、緑茶といった和食と相性の良い日本産飲料のプロモーションも相まって、中国の食卓に和の食文化が浸透しつつあります。
日本政府や自治体もJFOODO等を通じて日本食普及活動を積極化させており、例えば上海・広州・深センの和食店63店舗で日本酒キャンペーンを展開するといった取り組みも行われました。
総じて、中国での和食産業は成長市場でありチャンスが多い反面、競争も激しく変化も速いため、常に柔軟な戦略が求められます。
日本人料理人にとって、中国は自身のスキルを存分に発揮できる大舞台であり、新しい発見ややりがいに溢れたフィールドと言えるでしょう。現地のトレンドにアンテナを張りつつ、日本で培った強みを武器にぜひチャレンジしてみてください。
皆さんの中国でのご活躍を期待しています!
参考:
・Digima:海外での「日本食ブーム」の最新状況&「現地の外国人の和食への反応」まとめ
・Recordchina:日本産水産物の全面禁輸、7万軒を超える中国の日本料理店はどうなるのか―中国メディア
・PRTIMES:中国本土の人気和食店63店舗が総計39,023杯※の日本酒を提供
・exciteニュース:中国本土の人気和食店63店舗が総計39,023杯※の日本酒を提供