オーストラリアで働く料理人・シェフ完全ガイド|求人・生活・ビザ情報徹底的解説
オーストラリアは日本食ブームが続き、料理人にとって魅力的な海外就労先の一つです。本記事では、オーストラリアで働くことを検討する日本人料理人(30~40代中心)の皆さんに向けて、求人市場の傾向、給与・待遇の相場、ビザ制度、生活情報、文化的な注意点、活躍する日本人料理人、板前の事例、そして日本食市場の評価と今後の展望といったポイントを網羅的に解説します。
オーストラリアでのキャリアに役立つ最新情報をぜひ参考にしてください。
1. 求人市場の傾向~オーストラリアで求められる寿司職人・料理人
オーストラリアでは近年、日本食レストランが急増し、日本食人気が高まっています。
2024年の調査でも日本食は「オーストラリア人が最も検索している料理」第1位となり、寿司・ラーメン・天ぷらが特に関心を集めました。主要都市では日本食レストランの出店が相次ぎ、シドニー都市圏だけで約1,200店もの日本食レストランがあるとの報告もあります。2023年時点で主要都市全体では少なくとも2,266店の日本食レストランが営業しており、この数は今も増え続けています。
日本食レストランが多いエリアは、シドニーやメルボルンなど人口・観光客の多い都市圏です。ブリスベンやパース、ゴールドコースト、ケアンズといった都市も日本食の需要が大きく、日本食店が数多く存在します。近年は寿司や居酒屋だけでなく、ラーメン専門店、焼鳥・鍋・和牛ステーキなど多彩なジャンルの和食がオーストラリア各地で親しまれるようになりました。
寿司ロールはサンドイッチ感覚で定着し、ラーメンも身近な料理として定着しています。また抹茶デザートや柚子風味のメニュー、Izakaya(居酒屋)スタイルの店なども登場し、日本発の食文化用語(例:わさび、ゆず、だし、味噌)は現地でもすっかり浸透しています。
求められるスキルとしては、やはり寿司やラーメンを調理できる技術がある料理人は引く手あまたです。実際、寿司を握れる、ラーメンを作れる人材は様々な飲食店で重宝される傾向があります。
また魚を捌く、肉を切り分けるといった和食ならではの包丁スキルや、和食料理人としての豊富な経験があると、英語力が多少不足していても採用されるケースもあります。
一方で英語力もまったく不要というわけではなく、英語が話せないと現地就職で苦戦するのも事実です。そのため「英語をしっかり習得する」か「和食ならではの専門スキルで勝負する」か、いずれにせよ何らかの強みが求められるでしょう。
総じて、オーストラリアの日本食ブームに伴いシェフ不足が深刻化しているため、実力のある日本人料理人には多くのチャンスがあると言えます。
参考
・Time OUT:Australia’s favourite cuisine has been revealed – and the results will make you hungry
・国際ふぐ協会:オーストラリアにおける日本産フグの輸出 PR 活動(活動報告書)
・独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)栃木貿易情報センター:2023 年度 栃木県産食品の豪州市場調査
・オーストラリア留学知識袋:オーストラリアのシェフの給料はオーストラリアで出稼ぎワーホリ2022年版
2. 給与・待遇の相場
オーストラリアの料理人の給与水準は日本よりも高めで安定しています。背景にはオーストラリアの全国最低賃金が高いことがあり、2022年時点で時給21.38豪ドル(約2,000円)に設定されていました。(※2024年7月には時給24.10豪ドル程度まで引き上げ予定)これは東京都の最低賃金(1,041円)のほぼ2倍にあたります。
さらに雇用主は給与とは別に約11%のスーパーアニュエーション(年金積立)を支払う義務があり、従業員は将来の年金として積み立てることができます。この制度のおかげで、実質的な手取りは控除されるものの、雇用主から追加の福利厚生を受け取れる形になっています。
平均的な給与相場としては、フルタイムの料理人で年収約400万~600万円(豪ドル換算で約5万~7.5万ドル)程度が一般的な水準です。例えばシドニーやメルボルンのChef de Partie(部門シェフ)クラスで年収550~600万円程度、ヘッドシェフ級では750~900万円に達する求人例もあります。経験豊富な料理長クラスだと年収8~9百万相当(豪ドルで約10万ドル超)も十分可能で、日本の平均給与と比べてもかなり高水準と言えます。
一方、見習いポジション(Apprentice)は年収250~300万円程度と低めですが、それでも日本の初任給水準より高いケースが多いです。加えて、オーストラリアではレストランでチップを強制する文化は基本的になく、良いサービスに対する任意のチップがある程度です。そのためアメリカのような「チップ込みで生計を立てる」必要はなく、給与だけで生活費を賄える水準が保証されています。
勤務環境・待遇面でも日本と異なる点があります。オーストラリアでは労働法が厳格で、基本的に時間外労働は割増賃金が発生します。飲食業でも週30~40時間程度の勤務が一般的で、日本の飲食業界と比べるとかなりゆったりした職場環境です。有給休暇もフルタイムで年間4週間程度付与され、病気休暇(病欠時の有給)制度も整っています。正社員であれば雇用主から各種保険(労災保険など)の適用も受けられます。
なお、医療費については後述のとおり永住権取得者は公的医療保険(Medicare)の恩恵を受けられますが、一時的な就労ビザの場合は民間医療保険への加入が求められます。いずれにせよ、給与水準の高さと待遇の良さはオーストラリアで働く大きなメリットであり、「最低賃金より低い違法給与」は取り締まりが強化されています。
近年は人材不足もあって違法な低賃金の慣行は減少傾向にあり、適正な給与が支払われる職場が増えています。
参考
・NICHIGO PRESS:オーストラリア日本食業界の闇 違法な低賃金が横行
・NativeCamp.blog:オーストラリアの物価を日本と比較!物価を知って上手に滞在しよう!
・marsdens:Increase in Superannuation to 11%
・オーストラリア留学知恵袋:オーストラリアのシェフの給料はオーストラリアで出稼ぎワーホリ2022年版
・reddit:How’s Australia’s Tipping Culture ?
3. ビザ制度
オーストラリアで合法的に働くには、適切な就労ビザを取得する必要があります。料理人が取得可能な代表的なビザの種類と特徴、申請の流れ、家族帯同可否について以下に整理します。
ワーキングホリデー(Working Holiday)ビザ
18~30歳(※国によって35歳まで延長の場合あり)の若者を対象にしたビザで、最長1年間(条件により最大3年まで延長可)オーストラリアで休暇を過ごしつつ就労できます。日本国籍の場合は現在30歳まで申請可能です(2023年に英国との協定で35歳まで拡大された例もあり。ワーホリビザではフルタイム就労も可能ですが、同一雇用主の下では最大6か月までという制限があります(※2024年以降この制限撤廃の動きもあり)。配偶者や子供を帯同することはできません(単身者向けビザ)。
ワーキングホリデーは比較的取得が簡単で費用も安いため、まず渡豪して現地で仕事探しをしたい若い料理人にとって入り口となるビザです。
雇用主スポンサーによる就労ビザ(Temporary Skill Shortage〈TSS〉サブクラス482)
オーストラリアのレストランや企業がスポンサーとなり、特定の技能職(シェフなど)の外国人を一定期間雇用する制度です。料理人(ChefやCook)はオーストラリアの技能職リスト(MLTSSL)に含まれる需要職種であり、スポンサーが見つかれば最大4年間の就労ビザが発給されます。TSSビザでは配偶者や子供を家族ビザとして帯同させることが可能で、配偶者もオーストラリアで就労が認められます。
申請の流れとしては、①雇用主から内定・スポンサー承諾を得る → ②技術査定(調理師としての技能証明)や英語力証明(IELTS等)を準備→ ③雇用主がノミネーション申請&本人がビザ申請、という手順です。
ポイントとして、オーストラリアでは「Cook(コック)」よりも「Chef(シェフ)」の方が高度技能職と見なされます。以前は技能移住リストにCookが含まれていましたが外され、現在はChefとして十分な経験・資格を持つことがビザ取得の条件となっています。スポンサー就労ビザで一定期間働いた後、雇用主の支援により永住権(ENSサブクラス186)に切り替える道もあります。
ポイント制の技術移住ビザ(永住ビザ)
オーストラリアにはポイントテストによる技術独立移住制度があり、調理師も条件を満たせば永住権を直接目指せます。代表的なのが技術独立永住ビザ(サブクラス189)で、スポンサー不要で永住できるビザです。他に州政府の指名を受ける技術永住ビザ(190)、地方地域で一定期間働くことを条件とした地域暫定ビザ(491)などがあります。
調理師の場合、資格証明(専門学校のCertificateやDiploma取得、または日本の調理師専門課程修了)と職業技能評価(TRAによる技能審査)に合格し、さらにIELTS等で英語力を証明する必要があります。実務経験も3~5年程度求められるのが一般的です。ポイントテストは年齢や学歴、職歴、英語力、州の指名等で加点され、65点以上が目安ですが、実際にはより高得点が要求される傾向です。
このルートはハードルが高いものの、成功すれば初めから永住権+家族帯同権利を得られ、現地での就職も有利になります。
学生ビザ+卒業生ビザ
30代前半までで調理師資格を持たない方は、オーストラリアの調理師専門学校(Commercial Cookeryコースなど)に留学し、その後に**卒業生ビザ(485)**を取得して現地就職を目指す方法もあります。2年以上の調理コースを修了すると1.5~2年間の卒業生ビザが取得でき、その間にシェフとして経験を積んで雇用主スポンサーや永住権申請につなげることが可能です。学生ビザでは家族帯同も認められますが、主申請者が学業を優先する必要があります。
以上が主なビザの選択肢です。家族帯同についてまとめると、ワーキングホリデーは単身者のみ、学生ビザ・就労ビザ(TSS)・永住ビザでは配偶者や子どもを同行させることができます。特に永住権を取得すれば、公立校入学や医療保険など家族も含めた手厚いサービスを享受できます。ビザ申請は制度変更も多いため、最新情報はオーストラリア内務省や専門の移民コンサルタントに確認しつつ準備を進めましょう。
参考:
・SMITH STONE WALTERS:Australia extends Working Holiday visa age limit to 35・
・WORLD ACCESS Immigration:Chefs and Cooks Qualify for Permanent Residency in Australia
・オーストラリア留学知恵袋:オーストラリアのシェフの給料はオーストラリアで出稼ぎワーホリ2022年版
・World Avenue:【最新版】オーストラリアで調理師(シェフ)として永住権取得を目指す留学とは
4. 生活情報(物価・家賃・食材・交通・医療・治安)
海外で働くとなると、現地での生活環境も気になるところです。ここではオーストラリアの生活費や物価、住居事情、日本食材の入手状況、交通手段、医療制度、治安などについて全体的な傾向を紹介します。
物価・生活費
オーストラリアの物価は総じて日本より高めです。特にシドニーやメルボルンなど大都市の中心部では家賃や外食費が高く、インフレ傾向もあって年々負担が増しています。例えば家賃相場は、全国平均で一軒家が週約499豪ドル、アパートが週436豪ドルというデータがあります。
シドニーやキャンベラは家賃が特に高く、シェアハウスの一室でも週200豪ドル(約1.8~2万円)以上は覚悟したほうが良いでしょう。一方で地方都市や郊外に行けば家賃は下がり、ケアンズなどは主要都市の中でも比較的割安と言われます。食費も自炊中心か外食中心かで差がありますが、全体的に日本より割高です。4人家族の食費は月15万円以上との試算もあり、特に外食は一食あたり日本の2倍近い価格になることも珍しくありません。
それでもオーストラリアの平均給与水準を踏まえれば、生活費に占める食費の割合は日本と大きく変わらないケースもあります。電気代・ガス代など光熱費やインターネット通信費も日本より高めですが、その分住居にエアコン完備が当たり前であったり通信容量が大きかったりとサービス水準も高いです。
住居
治安や通勤を考えると、シドニーやメルボルンでは職場近くの都心エリアに住む人も多いですが、家賃が高いためシェアハウスを利用する日本人も多数います。シェアなら個室で週180~250豪ドル程度から見つかります。一人暮らし用のスタジオや1ベッドルームは都心だと週400~600豪ドル(約4~6万円)以上することもあります。
郊外に行けばもう少し安くなり、同額で広い物件に住めます。日本と異なり家具付き物件が一般的なので、入居時に家具を揃える必要がないのは利点です。不動産サイトでの検索や、日系コミュニティの掲示板で日本人向けの住居情報を探すこともできます。
日本食材の入手
「海外で和食の材料を揃えられるか?」は料理人にとって重要です。幸い、オーストラリアの主要都市には日本食材を扱うスーパーやアジア食料品店が充実しています。シドニーでは「東京マート」や「Maruyu」など、日本人経営のスーパーで米、味噌、醤油、豆腐、納豆、麺類、調味料、お菓子まで一通り購入可能です。
メルボルンでも「藤マート(Fuji Mart)」や「Suzuran」などが有名です。ブリスベンやパース、アデレードでも中国系・韓国系スーパー内に日本食品コーナーが設けられており、醤油やワサビなど基本的なものは手に入ります。地方でも最近は大手スーパーがアジア食材棚を設け、日本のカレールーやインスタントラーメン程度なら置いている店も増えました。
ただし、日本で慣れ親しんだ銘柄や新鮮な刺身用魚などは限られるので、代替の食材で工夫する場面も出てきます。価格は輸入品ゆえ高めで、例えば味噌1kgが20豪ドル(約1,800円)前後することもあります。しかし現地の食材(例:マグロではなく地元の魚を刺身に使う等)で補えば、日本食らしいメニューを提供することは十分可能です。
交通手段
オーストラリアの都市部では公共交通機関が発達しています。シドニーやメルボルンには電車・路面電車(トラム)・バス網があり、職場と住まいが近ければ車がなくても生活できます。通勤定期代は月150~200豪ドル程度で、ICカード(Opalカードなど)でキャッシュレス利用できます。
とはいえ日本ほど時間通り正確ではなく、郊外や深夜は本数が少ないため、勤務時間帯によっては車通勤を選ぶ人も多いです。オーストラリアは車社会でもあるので、中古車も安価に入手可能です。都市部は駐車料金が高いので注意が必要ですが、飲食店勤務の場合、深夜に公共交通機関が無いとき車があると便利です。タクシーや配車サービス(Uberなど)も一般的ですが料金は高めなので、通勤にはあまり利用されません。
また都市間の移動は距離が遠いため国内線飛行機が主流です。日本人が不安に感じがちな右ハンドル左側通行は日本と同じなので運転自体はすぐ慣れるでしょう。
医療・健康管理
オーストラリアは医療水準が高く、病院やクリニックの設備も充実しています。永住権保持者や豪州市民になるとMedicare(公的医療保険)に加入でき、診療費の多くがカバーされます。
一方、一時的な就労ビザやワーホリの場合、公的保険は適用されないため民間医療保険(OSHCなど)への加入が義務付けられます。医療費は保険なしだと非常に高額(GP受診で$80以上、救急車は呼ぶだけで数万円相当など)なので、保険加入は必須です。日系の医療機関もシドニーやメルボルンにあり、日本語で受診できるクリニックもあります。
オーストラリアは日差しが強いため皮膚がん対策として帽子や日焼け止めの使用が推奨されるなど、健康管理面では日本と異なる注意点もあります。食品については検疫が厳しく、日本から市販薬や食材を持ち込む際も制限があるので事前に確認しましょう。
治安
オーストラリアは全体的に治安が良好な国です。政治も安定しており、テロや紛争とは無縁と言っていいでしょう。ただし日本と比べると犯罪発生率自体は若干高く、都市のナイトクラブ街などでは暴行事件や強盗事件が起きることもあります。日本人旅行者・居住者が巻き込まれやすいトラブルとしては、スリや置き引き、車上荒らしなど金品目的の盗難が挙げられます。ビーチで無人の荷物が盗まれたり、ATMでカード情報を盗まれる詐欺なども報告されています。
しかしこれらは注意深く行動すれば大半防げるものです。夜間に人通りの少ない場所を避け、貴重品管理を徹底し、慣れないうちは現地の友人や同僚に安全なエリアを教えてもらうと良いでしょう。銃犯罪に関してはオーストラリアは銃規制が厳しく、一般犯罪で銃が使われるケースは非常に稀です。郊外では野生動物(ヘビやクモ)に注意との助言を聞くこともありますが、都市部で生活している限り日常で遭遇することはほとんどありません。
総じて「世界的に見れば安全、ただし日本ほど無防備でいてはいけない」という認識でいれば、安心して生活できるでしょう。
参考:
・NativeCamp.blog:超高い!?オーストラリアでかかる家族・夫婦・一人暮らし別の生活費用を解説
・ゴル旅:【2025年最新】ゴールドコーストの物価ってどんな感じ?生活・旅行情報
・独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)栃木貿易情報センター:2023 年度 栃木県産食品の豪州市場調査
・WORLD ACCESS Immigration:Chefs and Cooks Qualify for Permanent Residency in Australia
・海外安全.jp:オーストラリア治安最新情報(2025年2月)/海外安全.jp
・SchoolWith:【2024年版】オーストラリアの治安は大丈夫?現地のトラブル事例から危険な目に遭わないためのポイントまで紹介
・Trip.com:【2024】オーストラリア現在の治安を解説!巻き込まれやすいトラブル及び防犯対策
5. 文化的な注意点(職場の習慣・英語力・労働観の違い)
海外で働く際には、現地の文化や職場習慣の違いを理解しておくことが重要です。オーストラリアと日本では働き方や職場の文化に多くの相違点がありますので、主な注意点をまとめます。
職場の人間関係とコミュニケーション
オーストラリアの職場はフラットでカジュアルな人間関係が特徴です。上司や同僚ともファーストネームで呼び合い、肩書きで厳格に序列を示すことはあまりありません。日本のような「○○さん」「部長」呼びではなく、たとえオーナーシェフでも名前で呼ぶのが普通です。
また意見や要望は遠慮せずに伝える文化があり、従業員同士で積極的にディスカッションします。日本人は謙遜や忖度をしがちですが、オーストラリアでは自己主張がないと意思が伝わらないことも多いです。
ただし、基本的には皆フレンドリーでジョークを交えながら会話する「ノリの良さ」も大切にします。英語が第二言語の外国人に対しても理解があり、分からない時は聞き返せば丁寧に説明してくれるでしょう。
労働観・働き方のスタンス
オーストラリアではワークライフバランスが非常に重視されます。仕事も大事ですが同様に家族との時間やプライベートも尊重する考えが浸透しています。一般的なオフィスワーカーは夕方5~6時には退勤し、残業は最小限。飲食業でも長時間のサービス残業や過労は法律で禁止されており、無理な働き方は求められません。「休むときは休む」「休日は家族や趣味を楽しむ」というライフスタイルが当たり前なので、最初は「自分だけ早く帰っていいのか?」と戸惑う日本人もいるようです。
しかしこれはオーストラリアの常識ですので、しっかり休息し英気を養ってください。また有給休暇の消化率も高く、旅行やイベントで遠慮なく休みを取るスタッフも多いです。
逆に言えば、こちらも自分の権利として計画的に有給を取得して問題ありません。働き詰めで体調を崩すより、効率良く働き成果を出すことが評価される風土です。
英語力と意思疎通
英語は当然ながら最低限のコミュニケーション手段となります。キッチン内で日本人スタッフが多い店では日本語が飛び交う場合もありますが、ホールスタッフやオーナー、取引業者、お客様など日本人以外と接する場面は必ずあります。料理人であっても食材の発注やスタッフへの指示などで英語を使うシチュエーションは避けられません。オーストラリアの英語は発音やスラングが特徴的ですが、慣れれば問題なく意思疎通できます。大事なのは完璧でなくとも「積極的に話す姿勢」です。言葉に詰まっても笑顔でコミュニケーションを取れば現地の人は受け入れてくれます。また、前述のように英語力不足を補う専門スキルの高さで評価される面もありますが、やはり日常会話レベルの英語ができると職場になじむスピードも速まります。働きながら学ぶつもりで、メニューの英語表現や同僚との雑談を積極的に吸収していきましょう。
職場ルールの違い
細かな点では、日本との違いが色々あります。たとえばユニフォームや衛生管理では、オーストラリアも厳しい基準がありますが、日本ほど形式的ではない場合もあります(帽子の被り方や包丁の管理など店による)。挨拶も日本のように大声で「おはようございます!」と朝礼する習慣はなく、それぞれが軽く”Hi”と声を掛け合う程度です。敬語の概念もないので、丁寧語をどの程度使うか悩む必要もありません。
またチップ文化がないため、ホールスタッフもチップ稼ぎではなく純粋にサービス向上をモチベーションにしています。スタッフ間でのチームワークは重視され、キッチンとホールの垣根も低くフラットに協力する職場が多いです。休憩時間には皆で談笑したり、シフト後に同僚とパブで一杯飲みに行くといったフランクなお付き合いもよく見られます。
日本人経営 vs 非日本人経営
オーストラリアの日本食店の多くは、実は経営者が日本人とは限らない点も押さえておきましょう。ある調査では、日本食レストランのうち純粋に日本人オーナーの店は全体の5%程度で、大半は中国系や韓国系など他国の経営者によるものだとも言われます。そのため「和食の職場=日本式の考え方」とは限りません。
日本人経営の店では比較的日本語が通じたり日本的な職人気質があるかもしれませんが、非日本人経営の店ではむしろ現地流のやり方が採用されているでしょう。いずれの場合も、オーストラリアの労働法に則って運営されている点は共通です。
万一、違法な低賃金や劣悪な労働環境を強いられた場合は、公的機関(労働オムブズマン等)に通報すれば対処してもらえます。幸い近年は人手不足から待遇改善が進んでおり、悪質な職場は淘汰されつつあります。いずれにせよ、日豪の文化の違いを理解しつつ柔軟に適応することで、働きやすい環境を自ら築いていくことができるでしょう。
参考:
・オーストラリア留学知恵袋:オーストラリアのシェフの給料はオーストラリアで出稼ぎワーホリ2022年版
・NICHIGO PRESS:オーストラリア日本食業界の闇 違法な低賃金が横行
6. オーストラリアで活躍する日本人料理人の事例
実際にオーストラリアで成功を収めている日本人料理人の存在は、大きな励みになります。ここではいくつか具体的な事例を紹介し、その経験談を要約します。
和久田哲也(Tetsuya Wakuda)氏
シドニーの名店「Tetsuya’s」オーナーシェフ:22歳の時に単身オーストラリアへ渡り、皿洗いのアルバイトからスタート。その後才能を開花させ、29歳で自身の店「Tetsuya’s」を開店しました。独創的なフレンチ×和のフュージョン料理は「モダンオーストラリア料理」の先駆けと称され、世界的にも高い評価を獲得しています。和久田氏は現地で「オーストラリアNo.1シェフ」の称号を2度も獲得し、今やオーストラリアでもっとも有名な日本人シェフとされています。彼の成功は「何の伝手もなく海外で挑戦しても、努力と幸運で道が拓ける」ことを示す象徴的な例です。実際ご本人も「僕は運が良かった」と謙遜しつつ、若手料理人にチャレンジの大切さを語っています。
ケニー・タカヤマ(高山 健二)氏
シドニーでカフェ2店舗を経営するオーナーシェフ:高山氏は2001年にワーキングホリデーで渡豪。当時は英語が全くできず不安もあったそうですが、地道に現地で経験を積みました。2010年からシドニーの有名カフェ「Bills」でヘッドシェフを務めるまでにキャリアアップし、その後2015年に自身の店「Oratnek」をオープン、翌2016年には2号店「Cafe Kentaro」を立ち上げました。中学生の頃からの夢だった「美味しい食事ができる喫茶店を開く」を異国の地で叶えた形です。初めての海外挑戦で言葉の壁を乗り越え、約15年で経営者となった彼の軌跡は、多くの日本人ワーホリメーカーにとって希望となるでしょう。
高橋 正司(タカ)氏
「NOBUメルボルン」エグゼクティブシェフ:東京出身の高橋氏は日本で懐石料理屋などに7~8年勤めた後に渡豪し、現在は世界的に有名な和食レストランチェーンNOBUのメルボルン店でヘッドシェフを務めています。NOBUは各国に展開する高級店で、そのメルボルン店の料理長としてグローバルに活躍している高橋氏の存在は、日本人シェフが国際的舞台でリーダーシップを発揮している好例です。インタビューでは幼少期から料理好きで、高校卒業後に専門学校で学び、和食の修業を積んだ経歴が紹介されています。日本で培った懐石の技と創造力を武器に、オーストラリアの地でも評価を勝ち取ったと言えるでしょう。
加藤 優幸氏
ケアンズの和食レストラン寿司シェフ:東京すしアカデミー卒業後に渡豪し、現地の大手回転寿司チェーンで店長を経験。その後ケアンズの和食店にて寿司職人として働き、見事永住権を取得して定住された方です。2017年時点のインタビューでは「日本人シェフなら寿司も天ぷらもすき焼きもできて当然、と現地で期待されたのがきっかけで寿司を本格的に学んだ」と語っています。オーストラリアの寿司ブームに乗り、自身のスキルアップとキャリア形成を図った努力家です。永住権を手にしたことで腰を据えて働けるようになり、今も現地で活躍中とのことです。
以上のように、オーストラリアでは多くの日本人料理人が各分野で成功しています。高級店のオーナーからカジュアルカフェの経営者まで、その活躍の仕方は様々ですが、共通しているのは「現地のニーズに応えつつ、日本人としての強みを発揮している」点でしょう。彼らの事例から学べることは、語学や文化の壁があっても情熱と努力で乗り越えられるということ、そしてオーストラリアにはそうしたチャレンジを受け入れるだけの市場の成熟と機会があるということです。
参考:
・RED-U35:和久田 哲也(Tetsuya’s オーナーシェフ)
・日本全国お取り寄せ手帖:第13回 シドニー編 その1 ~シドニーで夢をかなえた日本人オーナーシェフのお店「Cafe Kentaro」~
・GO豪メルボルン:NOBU Chef de Cuisine 高橋 正司さん インタビュー
・東京すしアカデミー:オーストラリアで永住権「日本人なら寿司ができるんでしょ?」に火が付いた
7. オーストラリアの日本食市場の評価と今後の展望
最後に、オーストラリアにおける日本食市場全体の評価と将来の展望について解説します。前述の通り、オーストラリア人の日本食に対する関心は非常に高く、今や和食は現地の食文化に深く溶け込んでいます。
現在の評価
日本食はオーストラリアで「美味しくてヘルシー」な料理として確固たる地位を築いています。寿司は手軽な軽食として一般層に広まり、ラーメンも若者を中心に定番の外食メニューとなりました。実際、2024年のGoogle検索データ分析では日本食が全豪で検索数第1位の料理となり、月間平均2,246万回もの関連検索が行われています。これはインド料理やイタリア料理を上回る圧倒的な人気ぶりで、特に「寿司」「ラーメン」「天ぷら」といったキーワードが上位を占めました。日本食への評価は味だけでなく、「ヘルシー志向」「見た目の美しさ」「食材の新鮮さ」など多面的です。和牛や抹茶スイーツ、日本酒など特定ジャンルへの注目も高まっており、和食は高級路線から大衆路線まで幅広く受け入れられています。
市場の拡大
日本政府の統計によれば、海外の日本食レストラン数はこの10年で飛躍的に増加しており、オーストラリアも例外ではありません。2010年代初頭から日系外食チェーンの進出も相次ぎ、「吉野家」や「一風堂」など日本国内でおなじみの店が進出した例もあります(※「モスバーガー」は2011年に豪州1号店オープンなど)。地元資本や他国資本による日本食店も含め、市場は年率5%を超える成長を遂げてきました。2019年から2024年にかけて、日本食レストラン産業は年平均5.6%成長し、ビジネス数は1,700店以上に達したとの調査もあります。この成長はコロナ禍の影響で一時減速したものの、2023年以降は観光客の回復もあって再び活況を呈しています。現地メディアでも「パンデミック後、日本食レストランが以前にも増して繁盛している」と報じられており、人手不足が課題になるほどです。
今後の展望
オーストラリアの日本食市場は、今後もさらなる拡大と深化が見込まれます。まず需要面では、オーストラリア人の健康志向・新規性志向にマッチした和食は引き続き支持されるでしょう。特にプラントベース(菜食)やグルテンフリーといったトレンドと融合した「ヘルシー和食」メニューの開発にも期待が集まっています。また現地の食材を使った豪州産和食や、和食×他国料理のフュージョンも増えていくと予想されます。既にモダンオーストラリア料理の中には寿司や味噌のエッセンスを取り入れた創作料理も多く登場しており、和食のエッセンスはさまざまな形で広がっています。
一方で、本格的な和食や職人技への評価も高まっており、高級寿司店や懐石料理店の進出も増えるかもしれません。オーストラリアにはミシュランガイドはありませんが、地元のグルメアワードで和食店が表彰されたり、世界的なランキングにランクインする店が出てくる可能性も十分あります。実際、メルボルンの寿司店「Minamishima」は現地で高い評価を受けていますし、シドニーの「Waku Ghin」(和久田氏がシンガポールで展開する派生店)はアジアのベストレストランにも名を連ねています。こうしたハイエンド市場の盛り上がりは、日本人料理人が培った技術を発揮できる場が増えることも意味します。
さらに、オーストラリアと日本の交流拡大(観光客・ビジネス往来の増加や経済連携強化)により、現地で働く日本人シェフの需要も引き続き旺盛でしょう。和食が広まった結果、必ずしも日本人が経営しなくても和食店が成立する時代にはなりましたが、逆に言えば非日本人オーナーの店でも日本人料理人の知見や技術が求められる場面が多くなります。「日本人であること」が一種のブランドになる側面もあり、現地メディアで日本人シェフが取り上げられる機会も増えています。
総合すると、オーストラリアの日本食市場は「成熟期に入りつつある成長市場」と言えます。人気が定着した今後は、質の向上と多様化がキーワードとなりそうです。日本人料理人にとっては、自身の強み(本場の味へのこだわり、新しい和食の提案など)を武器に活躍できる余地がますます広がるでしょう。現地の評価も非常にポジティブで、「寿司職人の技術」や「和食のおもてなし精神」は高く評価されています。将来の展望としては、和食レストランのさらなる増加だけでなく、ケータリングやデリバリー、食品メーカーによる和食製品展開など関連ビジネスも発展する可能性があります。オーストラリアの豊かな食材(シーフードやオーガニック野菜など)と日本の料理技術が融合し、新たな食文化が生まれることも期待されています。
参考:
・独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)栃木貿易情報センター:2023 年度 栃木県産食品の豪州市場調査
・TimeOut:News Australia’s favourite cuisine has been revealed – and the results will make you hungry
・IBISWorld:Japanese Restaurants in Australia – Market Research Report (2014-2029)
・NICHIGO PRESS:オーストラリア日本食業界の闇 違法な低賃金が横行
まとめ
オーストラリアで料理人として働くことは、高い給与水準と働きやすい環境のもと、自身のスキルを活かして成長できる魅力的な選択肢です。日本食ブームに支えられ求人ニーズは高く、適切なビザを取得すれば家族と共に新天地で暮らすことも可能です。生活面では日本との違いもありますが、多文化社会の中で新しい刺激と学びが得られるでしょう。何より先輩日本人シェフたちの成功談が示すように、オーストラリアには頑張る料理人を受け入れてくれる土壌があります。ぜひ本記事の情報を参考に、オーストラリアでのキャリア形成にチャレンジしてみてください。皆さんの挑戦が実り多いものとなるよう応援しています。ryugaku-chiebukuro.com
参考:
・オーストラリア留学知恵袋:オーストラリアのシェフの給料はオーストラリアで出稼ぎワーホリ2022年版