アメリカで働く料理人・シェフ完全ガイド|求人・生活・ビザ情報徹底的解説
近年、世界的な和食ブームの中で、アメリカは特に日本食を受け入れている国と言われます。寿司やラーメンといった定番から懐石料理やつけ麺まで、多様な日本食が人気を博しています。アメリカで働くことを検討している30〜40代の日本人料理人に向けて、本記事では求人市場の傾向から給与相場、ビザ制度、生活情報、文化の違い、そして現地で活躍する料理人の事例や日本食市場の展望まで、最新情報に基づきポイントを解説します。
アメリカでは寿司やラーメンなど日本食は既に「市民権」を得た定番メニューとなっており、回転寿司やたこ焼き・から揚げといったB級グルメにも注目が集まっています。写真は人気のラーメンで、こうした和食文化への高い関心がうかがえます。
1. アメリカ求人市場の傾向:人気エリアと和食の需要
日本食レストランの拡大と人気エリア
アメリカ全土で日本食レストランの数は年々増加しています。1990年代初頭には約3,000軒だったのが、2022年には2万3,000軒を超えるまでになりました。
店舗数が多いのは西海岸のカリフォルニア州(約4,995軒)や東海岸のニューヨーク州(約1,936軒)で、フロリダ州やテキサス州なども続きます。ロサンゼルスやニューヨークといった大都市圏では寿司・日本酒・ラーメンブームの発信地となり、多様な和食文化が根付いています。一方、中西部や南部でも日本食人気が高まりつつあり、「提供する側(シェフ)が不足している」という声もあるほどです。
つまり、アメリカ各地で寿司職人や日本人料理人の需要が存在し、特に日系人コミュニティや日本企業の多い都市圏はチャンスが豊富といえます。
人気の和食ジャンルと求められるスキル:
現在アメリカで定番化しているのは寿司やラーメンですが、それ以外にも居酒屋スタイルの小皿料理や鍋料理、懐石・割烹といった高級和食まで幅広いジャンルに需要があります。若者を中心に大衆的な居酒屋スタイルが浸透しつつあり、たこ焼きやから揚げなどの気軽なメニューも人気上昇中です。高所得者層には寿司や懐石など高級路線の和食が支持され、2022年のミシュランガイド・カリフォルニアでは星付き25店中10店が寿司や懐石の日本食レストランでした。
このように幅広いスタイルの和食店が存在するため、料理人や板前には自分の専門分野+αの対応力が求められます。たとえば「寿司一本」であっても、現地のカジュアルな店では創作ロール寿司やフュージョンへの対応力が必要になるでしょう。逆に本格懐石店なら日本で磨いた繊細な技がそのまま評価されます。
また、最近では握り寿司を成型する機械などの導入で基礎作業の効率化が進み、必ずしも高度な熟練だけが全てではなくなっています。それよりもコミュニケーション能力やチームワークが重視される傾向があり、アメリカの飲食店ではチームスポーツのような連携が求められるためです。
実際、「積極的にコミュニケーションがとれること」がアメリカで働く料理人の重要な資質と指摘されています。日本のように「察する文化」ではなく、自分の考えや要望を明確に伝える姿勢が職場でも必要になるでしょう。
経験年数と評価
求人の応募条件としては和食・寿司シェフ経験○年以上といった記載が多く、目安として4年以上の経験があると優遇されやすいようです。もっとも、未経験でも見習いから採用されるケースもありますし、調理師学校や専門トレーニングの履修経験があるとプラス評価になります。実際、日本では「まだ半人前」とされるような若手でも、海外では貴重な戦力として重宝される傾向があります。日本人は誰でも日常的においしい寿司を食べた経験があり、「寿司の正解」を感覚的に知っているため、たとえ技能が途上でも現地では高く評価されやすいという指摘もあります。
総じて、アメリカの和食シェフ求人は門戸が広がっており、日本で培った和食スキルと主体的な姿勢があればチャレンジしやすい市場と言えるでしょう。
2. アメリカの給与・待遇相場:収入は?チップや福利厚生は?
給与水準
アメリカで働く和食料理人の給与水準は、日本国内と比べて高いケースが多いです。例えば寿司職人の場合、日本の平均年収が約453万円と言われるのに対し、アメリカでは未経験からでも年収1,000万円を目指せるとも言われます。実際に「努力次第で年収1,000万~2,000万円も可能」との報告もあり、高級店のエグゼクティブシェフともなればこのレンジに届くこともあります。ただし当然ながら高収入を得るには相応の英語力や労働量、ポジションが必要です。
こうした高収入が実現する背景には、アメリカと日本の最低賃金の差があります。2024年7月現在、東京の最低時給1,113円に対し、アメリカでは州にもよりますが平均して約2,830円(約$20前後)にもなります。単純計算でも**「同じ1時間働いても日本の2倍以上の賃金」を得られることになり、その上にチップ収入が加算されます。
アメリカのレストランではお客様が15~20%程度のチップを支払う習慣があり、サービススタッフや寿司職人が日常的に非課税の現金収入(チップ)を得られる**のも年収を押し上げる理由です。
現地で働いてみて「給料(時給)よりチップの方が多くなった」という声も珍しくなく、人気店では給与と同等かそれ以上の額のチップを稼ぐケースもあります。例えば最低賃金$15で4時間働けば給与は約$60ですが、同じ時間でチップが$60を超えることもありうるわけです。
手当や福利厚生
給与以外の待遇面では、日本と制度が異なる点に注意が必要です。フルタイム従業員に対する医療保険(Health Insurance)の提供や有給休暇制度は企業ごとにまちまちです。従業員数が一定規模以上の企業では法律で医療保険の提供が義務付けられる場合もありますが、中小規模のレストランでは保険なし・自己加入ということもあります。
また米国では原則として残業代は法定時給の1.5倍以上を支払う義務があり、サービス業でも労働時間管理は厳格です。日本のように名目上の固定残業代で長時間労働…という慣習は法律上認められず、仮にサービス残業をさせれば違法になります。そのためアメリカではシフト通りに業務を終えるのが基本で、逆に言えば予定外の残業にはしっかり賃金が出る安心感があります。
税金と手取り額
アメリカでは給与に対して連邦所得税・州所得税(州による)・社会保障税などが源泉徴収されます。州によって税率は異なりますが、カリフォルニアやニューヨークなど所得税率の高い州では手取りが額面の8割程度になる場合もあります。一方、テキサスやフロリダのように州所得税がゼロの州もあります。チップ収入についても本来は申告納税の義務がありますが、実態としてすべてが把握されるわけではないため、“うれしい上乗せ”になっている面もあるでしょう。
総じて、アメリカの収入面は日本より恵まれる傾向が強いですが、税制や保険の違いも踏まえて生活設計を立てることが大切です。
3. 就労ビザ制度:取得できるビザの種類と申請の流れ
アメリカで料理人として就労するには適切な就労ビザの取得が必須です。観光ビザやビザ免除プログラム(ESTA)では就労できず、違反すると強制送還など厳しい罰則があります。日本人和食シェフが取得可能な代表的なビザには以下の種類があります。
E-2ビザ(投資家ビザ)
日本と米国の間の投資条約に基づくビザです。日本資本が50%以上出資する米国内の企業・店舗で働く人が対象で、日本人料理人がアメリカで働く際に最も一般的とも言われます。スポンサー(雇用主)となる企業と申請者が同じ国籍である必要があり、例えば日本人オーナーが経営する和食レストランに雇われる場合にこのビザが使われます。
E-2は投資家本人だけでなく必要人材にも発給されるため、料理長や寿司職人が「必要不可欠な従業員」として申請するケースもあります。配偶者と21歳未満の子供はE-2家族ビザで帯同可能で、特に配偶者には就労許可が与えられるメリットがあります(近年の規制緩和でE-2配偶者は追加申請なしで就労可能になりました)。
L-1ビザ(企業内転勤ビザ)
海外に拠点を持つ企業の社員がアメリカ支社等へ転勤する際のビザです。日本の飲食企業が米国に出店する場合に、本社から料理長やマネージャーを派遣するとき利用されます。申請には「過去3年のうち連続1年以上を派遣元企業で勤務」などの条件があります。
L-1A(管理職)とL-1B(特殊技能職)に分類され、料理人の場合、店舗マネージャー的な役割であればL-1A、寿司職人として特殊技能を認められればL-1Bが該当しえます。配偶者・子供はL-2ビザで帯同可能で、配偶者には就労許可が与えられます。
O-1ビザ(卓越能力者ビザ)
科学・芸術・教育・ビジネス分野等で卓越した才能と実績を持つ人に与えられるビザです。料理の世界ではミシュラン星獲得経験や著名な賞の受賞歴、メディア出演歴などがある一流シェフが該当します。申請には第三者機関からの推薦状(Advisory Opinion)を得て、アメリカ移民局への申請・承認を経た後、面接でビザ発給という流れになります。
ハードルは高いですが、「和食の匠」としての経歴が客観的に証明できる方には強力な選択肢です。
配偶者・子供はO-3ビザで帯同可能ですが、O-3には就労許可がありません。
J-1ビザ(研修・交流ビザ)
正式な就労ビザではありませんが、料理人が研修生として渡米する場合に使われることがあります。ホテルやレストランで1年程度の有給インターンシップを行う「研修ビザ」としての利用です。
年齢や英語力などに条件がありますが、若手料理人が文化交流プログラムを通じてアメリカで経験を積むケースもあります。
このビザでも配偶者・子供(J-2)の帯同は可能で、J-2配偶者は就労許可を得ることもできます。
ビザ申請の流れ
いずれのビザも雇用先(スポンサー)探しから始まる点は共通です。まずは上記ビザをサポートしてくれるレストランや企業に内定することが必要です。その後、必要書類の準備・申請手続きに移ります。E-2ビザでは企業の登記や各種書類を揃え、日本の米国大使館・領事館での面接を経て発給されます。
L-1やO-1ビザでは、まずアメリカ国内の移民局にてI-129請願書を雇用主が提出し許可を取得した後、日本でビザ面接・発給という二段階になります。申請プロセスや必要書類はビザ種別ごとに異なり専門的ですので、移民弁護士やビザ代行サービスのサポートを利用するのが一般的です。
家族帯同の可否
上述のとおり配偶者と21歳未満の未婚子女は基本的にどの就労ビザでも帯同可能です(ビザ種別に応じた家族ビザが発給されます)。帯同家族は現地の学校に通うこともできます。配偶者の就労については、E-2とL-1では原則可能(就労許可申請または自動付与)、O-1では不可、J-1では別途申請により可能、とビザにより異なります。
家族帯同を考える場合、どのビザが適しているか事前によく調べることが重要です。ビザによっては滞在年数に上限があったり延長条件も異なるため、将来的に永住権取得を目指す場合はその観点でも戦略を練ると良いでしょう。
4. アメリカの生活情報:物価・住居・食材調達・交通・医療・治安
アメリカで生活するにあたって、日本との違いが大きいポイントを押さえておきましょう。ここでは物価や家賃、水準、生活インフラなど主な事項を解説します。
物価と家賃
アメリカの物価は全般的に日本より高めです。特に大都市の物価高騰は著しく、例えばニューヨークやサンフランシスコではスーパーの卵1ダースが約6ドル(900円)ほどにもなります(日本では10個200円程度)。外食やテイクアウトの価格も高く、サンドイッチ1つが$18(約2,700円)という例もあります。
住居費も高額で、全米平均的な1ベッドルーム賃貸の家賃は月$1,500(約23万円)以上との報告があります。ニューヨークやサンフランシスコでは月$3,000超えも珍しくなく、更新時に家賃が月$500(約7.5万円)上がって引っ越しを余儀なくされた例もあるほどです。
一方、中西部や南部の地方都市では物価・家賃が比較的安価な場合もあり、ガソリン代や食料品は地域差が大きいです。
また近年は円安で2024年には1ドル=150円前後と円の価値が下がっているため、日本円で見ると更に割高に感じるでしょう。高い物価に対しては、現地での収入水準も高い(最低賃金自体が日本の倍以上)ため一概に暮らせないわけではありませんが、生活費は都市選びによって大きく異なることを念頭においてください。
住居探しと初期費用
アメリカで賃貸物件を借りる場合、日本のような「敷金・礼金」はない代わりに保証金(Security Deposit)を家賃1ヶ月分程度支払うのが一般的です。入居時には初月家賃と保証金で少なくとも2ヶ月分の家賃相当の資金が必要になります。
また大家によっては社会保障番号(SSN)を取得済みか、クレジットヒストリーの有無を確認されることもあります。渡米直後で信用履歴がない場合、日本人コミュニティ向けの物件情報やルームシェアを活用する手もあります。いずれにせよ、渡航前に当面数ヶ月分の生活費を確保し計画しておくことが大切です。
日本食材の入手
海外で働く日本人料理人にとって、日本食材の確保は気になるポイントでしょう。幸い、アメリカでは日本食材マーケットが急成長中で、大都市圏にはミツワマーケットプレイスや二世帯マーケットなど日本食スーパーがあり大抵の食材が手に入ります。
ただし価格は日本の数倍するものも多く、「日本の3~5倍の値段は普通」との声もあります。醤油や味噌といった調味料はもちろん、米・海苔・わさびといった必需品も現地スーパーで入手可能ですが、地方では限られたアジア食材店に頼ることになるでしょう。近年はオンライン通販も充実しており、日本食専門の通販サイト(例: じゃぱくる)や、アジア食材を宅配するWeee!などのサービス、Amazon.comでも多くの日本食品が購入できます。
料理人として働く場合、職場で業務用の食材ルートが確保されていることも多いですが、自炊や私用で日本の味が恋しくなった時のために主要都市の日本食料品店はチェックしておくと安心です。
交通手段
アメリカの生活では車が必須となる地域が多いです。ニューヨークやサンフランシスコなど一部の大都市中心部では公共交通機関でも生活できますが、それ以外の都市や郊外では自家用車での通勤・移動が前提となります。日本の運転免許は各州での書き換えや筆記試験を経て現地免許にできますので、早めに現地免許を取得しておきましょう。
州によっては国際免許で一定期間運転可能ですが長期的には必要です。ガソリン価格は州によりますが、2023年前後は全米平均でガロンあたり3~4ドル台(リッター約100円弱)と日本より安めでした。
ただカリフォルニア州など環境規制の厳しい州では価格が高くなる傾向があります。公共交通はバスや地下鉄が走る都市もありますが、本数が少なかったり治安面の不安も指摘されます。通勤には車、都市部ではUberなど配車サービスを活用するなど、住む地域に合わせて移動手段を確保しましょう。
医療と保険
「日本のような医療サービスを受けられる国は少ない」と言われるほど、アメリカの医療事情は日本と大きく異なります。まず医療費が非常に高額です。保険なしで診察を受ければ数万円~十数万円の請求も珍しくなく、処方箋薬も高価です。逆に医療費が安い国は税金が高い傾向にありますが、アメリカは税金も医療費も高い部類です。
このため、多くの人が民間の医療保険に加入しています。就労先が保険を提供している場合は必ず加入し、そうでない場合も自費で医療保険に入ることを強くおすすめします。
また常備薬や持病の薬がある場合、日本から持参するか現地で入手可能か確認が必要です。救急搬送や入院ともなれば保険なしでは支払い不能な額になる恐れもあるので、「備えあれば憂いなし」で医療情報と保険には万全を期して下さい。
治安と安全対策
アメリカの治安は地域による差が非常に大きいです。全体的な犯罪発生率を見ると日本よりは高く、銃犯罪も多いため、滞在中は常に身の回りに注意を払う必要があります。とはいえ多くのエリアでは普通に生活する分には問題なく、「治安の良い都市」と「悪い都市」がはっきり分かれています。
一般に郊外の住宅地は安全で、観光都市中心部や繁華街はスリや盗難が発生しやすい傾向があります。また都市によって治安の評判があり、例えば犯罪率ワーストにはメンフィス(テネシー州)やデトロイト(ミシガン州)などが挙げられ、一方で治安が良い都市としてはアーバイン(カリフォルニア州)やナッシュビル(テネシー州)などが選ばれることがあります(年によって変動)。いずれの場所でも深夜に人気のない場所を歩かない、現金を多額に持ち歩かないといった基本的な自衛策は必要です。
銃に関しては、街中で目にすることは通常ありませんが、「銃を持っている人がいるかもしれない」という前提で行動する意識は持っておきましょう。緊急時のために911(警察・救急の共通番号)の利用法を頭に入れておく、日本大使館や領事館の連絡先を控えておくことも重要です。総じて、アメリカ生活では日本以上に安全意識を高く持ち、地域の治安情報に常にアンテナを張ることが求められます。
以上のように、物価や医療など日本と勝手が違う面は多々ありますが、その分収入も高くチャンスも多いのがアメリカ生活です。不安な点は現地在住者のブログやSNS、先に渡米した知人などから情報収集し、万全の準備で新生活をスタートさせましょう。
5. 職場文化の違いと働く上での注意点
異なる文化圏で働く際には、職場の習慣や労働観の違いにも留意する必要があります。日本の常識が通用しない場面も多いため、現地の文化を理解し柔軟に適応する姿勢が大切です。
言語とコミュニケーション
アメリカで料理人として働くには最低限の英語力が欠かせません。日常会話はもちろん、職場での指示出しや発注業務、お客様への対応、緊急時のやりとりに困らない程度の英語力が求められます。ビジネス上の交渉や細かなニュアンスに不安がある場合は通訳を介する選択肢もありますが、結局のところ英語力はお店の評価にも直結する重要なスキルです。
特に接客を伴う場合、英語で愛想よくコミュニケーションできることがチップの額にも影響します。
職場では日本語が通じる相手ばかりではないため、自分から積極的に意思疎通を図る姿勢が必要です。でも述べられているように、日本のように「察して動く」よりも**「言葉で伝える」**ことが重視されます。わからないことは曖昧にせず質問し、意見があればはっきり述べるほうが信頼されます。もちろん語学は一朝一夕には身につきませんが、働きながら現地で磨いていく意欲を持ちましょう。
職場の人間関係と労働観
アメリカの職場はフラットで合理的と言われます。上下関係はありますが、上下問わずファーストネームで呼び合うことも多く、意見やアイデアは立場に関係なく主張できます。チームワーク自体は日本同様に重視されますが、その在り方が少し異なり、仕事とプライベートをきっちり分ける傾向があります。就業時間が終われば上司も部下も関係なくそれぞれ家庭の時間を大切にし、勤務後の付き合い(いわゆる「飲みニケーション」)は日本ほど盛んではありません。
そのため、日本的な「仕事仲間は家族」のような濃密さは薄い一方、業務時間内の連携は非常に重視されます。厨房では皆で声を掛け合いながらテキパキ動き、「ありがとう」「ナイスジョブ」といった感謝や称賛も頻繁に飛び交います。意見の対立があってもお互い率直に話し合い、問題解決にあたる文化です。
逆に日本的な遠慮や察し合いは誤解のもとになる場合もあるので、伝えるべきことは遠慮せず言語化するよう心がけましょう。
サービスとホスピタリティ
アメリカの外食産業ではおもてなし(ホスピタリティ)の形も日本と違う点があります。たとえば日本の高級店では職人が寡黙に仕事をし提供するのも粋とされますが、アメリカではフレンドリーな接客の方がお客様に好まれることが多いです。寿司カウンターでも笑顔で会話を楽しみ、お客に質問されたらユーモアを交えて答える――そんなコミュニケーションもまたサービスの一部です。
また、宗教・嗜好の多様性にも注意が必要です。ベジタリアンやグルテンフリー、ハラル対応など、さまざまな要望に柔軟に応える姿勢が求められます。和食店でも「にんにく抜き」「ヴィーガン対応できますか?」など聞かれることがあります。日本食の良さを守りつつ、必要に応じてカスタマイズする柔軟さも大事です。
実際にアメリカで店を構える日本人シェフからは「お客様の希望でわさびは抜いても、料理人の真心(ホスピタリティ)は決して抜かない」という言葉も聞かれます。これは、現地の好みに合わせつつ日本人ならではの誠意ある仕事をする、という心構えでしょう。
衛生管理と規則
アメリカの飲食店では、衛生管理や労務管理のルールが厳格に定められています。食品衛生に関しては州ごとに定められたフードハンドラー資格の取得が義務付けられている場合があり(例えばカリフォルニア州では従業員はFood Handler Cardが必要)、定期的な衛生検査で不合格になると営業停止もありえます。
素手での調理に手袋着用が求められる場面も日本より多く、寿司職人でも手袋の使用や都度の手洗いが求められることがあります。
また労働面では休憩時間の確保(一定時間働いたら有給の休憩を与える等)や残業代支払いなど法令遵守が徹底されます。日本の「サービス残業」や暗黙の長時間労働は通用しないので、経営側としても労働者側としても時間管理にシビアになります。総じて、アメリカの職場ではルールを守りつつ自分の主張もはっきり伝えるバランス感覚が重要です。
郷に入っては郷に従いつつ、日本人の強みである勤勉さや丁寧さを発揮すればきっと信頼を得られるでしょう。
6. アメリカで活躍する日本人料理人の事例
実際にアメリカ各地で活躍し成功を収めている日本人料理人も数多くいます。その経験談から、挑戦のヒントや現地での評価ポイントを学んでみましょう。
パイオニア的存在:松久信幸(ノブ・マツヒサ)氏
和食ブームを語る上で欠かせないのが松久氏の存在です。埼玉県出身の彼は南米での試行錯誤を経てロサンゼルスで日本食レストラン「Matsuhisa」を開店、高評価を得たことで一躍名を上げました。その後、ハリウッド俳優ロバート・デニーロとの共同出資で世界的寿司レストラン「Nobu」を展開し、いまや世界中に支店を持つ成功を収めています。
松久氏のストーリーは順風満帆ではなく、ペルーで独立した店を共同経営者との意見不一致で手放し、アラスカで開いた店は火事で失うなど苦労の連続でした。
しかし諦めず挑戦を続けた末に掴んだ成功は、**「和食でアメリカンドリームを体現した男」**として在米日本人の誇りとも称されています。
松久氏の事例から学べるのは、現地の食文化や食材(例:ペルーで学んだセビチェや食材)を取り入れつつ和食の新境地を切り拓いた柔軟性と、困難に屈しないチャレンジ精神でしょう。
世界の舌を魅了する鉄人:森本正治氏
日本で「料理の鉄人」として知られ、アメリカ版Iron Chefでも活躍した森本氏は、ニューヨークを拠点に独創的な和食を提供し続けています。
彼の店「Morimoto」はニューヨークやフィラデルフィア、ハワイなど各地に展開され、和食をベースにジャンルの枠にとらわれない創造的な料理で高い評価を得ています。森本氏は「ルールがないことが自分の料理のルール」と語り、和食の伝統にとらわれすぎず自由な発想で料理を作り上げるスタイルです。
その背景には、プロ野球選手の夢破れて寿司職人となった異色の経歴や、喫茶店開業・保険のセールスなど様々な経験を積んだことが影響しているようです。
伝統と革新を融合させた森本氏の成功は、「和食=寿司や天ぷらだけではない」という和食の可能性を世界に示しています。
新世代の星:森下昌子シェフ
最近のニュースでは、ワシントンD.C.の和食シェフ森下昌子さんが2024年のジェームズ・ビアード財団賞「新進シェフ賞」を受賞し話題となりました。森下シェフはNFLチアリーダーから料理の道に転身した異色の経歴を持ち、D.C.のレストラン「Perry’s」で日本の家庭料理をベースにした独創的なメニューを提供しています。彼女のコンセプトは**“日本のコンフォートフード”、すなわち味噌汁や餃子といった「食べるとほっとする家庭の味」に独自の工夫を加えた料理です。
例えば、父親の好物だった「味噌汁をご飯にかけバターを落とす」という発想から着想した味噌バター蛤スープや、母から教わった餃子にアレンジを加えたガーリック枝豆餃子など、郷愁を誘う料理で現地の人々を魅了しています。森下さんの成功は、和食の家庭的な一面がアメリカでも評価され得ることを示しました。
また、調理学校には通わず家庭で培ったセンスとDNAとも言えるバックグラウンドで勝負している点も注目されています。
彼女のように異業種から料理人に転じ成功する例**は珍しくなく、「好きこそものの上手なれ」で情熱を持って取り組めば道は開ける好例でしょう。
地域に根付くシェフたち
有名シェフ以外にも、各地でローカルに愛される日本人シェフは多数います。例えばシアトルでは、寿司の名店「Sushi Kashiba」を支えるデビィソン美雪シェフが「シアトルで飲食に挑戦して新たな世界が広がった」と語り、同店のオーナーである加柴司郎氏(シアトル寿司の父とも呼ばれる人物)は「寿司は日本の文化。だからこそ積極的に伝えていかねばならない」と現地で日本食文化普及に努めています。
またシアトル郊外で手打ちうどん店『あづき』を営む宮田竜治シェフは、本格讃岐うどんを提供しつつ「自分も楽しみながら、お客さんが気軽に来られる楽しい店を目指す」と語っています。
ニューヨークではラーメン店や居酒屋をゼロから立ち上げた若い料理人の成功例もあり、それぞれが地域の食文化に和食のエッセンスを融合させ奮闘しています。
共通して言えるのは、皆情熱と創意工夫を持って現地に根付き、和食の素晴らしさを伝えているということです。
SNS上では日々の仕込みや新メニュー開発の様子を発信しファンを獲得しているシェフも多く、日本人ならではの繊細さや職人気質がアメリカでも評価されていることが伝わってきます。
7. アメリカにおける日本食市場の評価と今後の展望
日本食に対する評価
アメリカの消費者の間で日本食は「ヘルシーで高品質」「洗練されていて美味しい」というイメージが定着しています。2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されて以降、その注目度は一段と増し、寿司やラーメンはもはや単なる異国料理ではなくアメリカ人の食生活の一部になりました。
寿司は高級店からスーパーの惣菜コーナーまで幅広く浸透し、ラーメン専門店も各都市で行列ができる人気です。和食は健康志向にも合致するとされ、低脂肪で高栄養価な寿司・刺身、発酵食品の味噌や漬物などがヘルシーフードとして支持を集めています。
またグルメ層にとってはミシュランやグルメサイトで高評価の日本食レストランが数多く、「特別な日に日本食を食べる」という層も存在します。米カリフォルニア版ミシュランガイド2022では星付きレストラン25軒中10軒が日本食だったことは前述の通りで、和食は高級料理としてもカジュアル料理としても評価が高いことがうかがえます。
市場規模の拡大
日本貿易振興機構(JETRO)の調査によれば、2022年時点で全米の日本食レストラン数は約2万3千店でしたが、コロナ禍を経て2024年には2万8千店、2025年には3万店に回復・増加するとの予測があります。これは一時的な減少から再び成長軌道に乗ることを示しており、市場規模も2023年の約20億ドルから2028年には25億ドル規模へと年5%程度の成長が見込まれています。
この成長を支える要因として、先述の健康志向の高まりや、全体的なアジアンフードブームの中で日本食が特に高評価を得ていることが挙げられます。
近年アメリカでは韓国料理、タイ料理などアジア各国の料理が人気ですが、その中でも日本食は素材の良さと調理技術の繊細さで一目置かれる存在です。ラーメンや居酒屋スタイルの店は引き続き増加傾向にあり、寿司も高級路線から回転寿司チェーンまで裾野が広がっています。
今後の展望
アメリカにおける日本食の未来は明るいと見る専門家が多いです。一つは、日本食自体が多様で奥深く、まだ紹介しきれていないジャンルが数多く存在することです。寿司・ラーメンに続く次のブームとして、焼き鳥、しゃぶしゃぶ、おでん、うどん、日本式カレーライス、和牛ステーキ、居酒屋料理、ヴィーガン和食、地方郷土料理など、あらゆる可能性があります。実際、ハワイやロサンゼルスでは和牛焼肉や炉端焼きの人気店が登場し始めていますし、ニューヨークでは精進料理やティラミス風どら焼きといった新機軸も話題です。
また、日本酒や焼酎など和の酒類も評価が高まり、酒バーで日本食が提供されるケースも増えています。供給側の課題としては、優秀な和食シェフ人材の確保や、主要食材(特に魚介類や和牛)の持続的な調達があります。幸い近年は空輸や養殖技術の発達で、日本から新鮮な魚を空輸し全米で提供することも可能になり、和牛も現地生産や輸入枠拡大で入手しやすくなっています。
環境配慮の観点からは代替シーフードや植物由来の和食メニュー開発なども進むでしょう。さらに、現地の若手料理人が和食を学び取り入れる動きもあり、アメリカ人シェフが握る寿司やラーメン店主になる例も珍しくなくなりました。
こうした現地化が進む一方で、本場日本から来る料理人の価値は依然として高く、「本物の味」を求める声は根強いです。
総合すると、アメリカで和食料理人として活躍するチャンスは今後ますます拡大すると期待できます。
需要が伸びる市場で、自身の技術と創意工夫を発揮し、日本食の素晴らしさを伝えることは大きなやりがいに繋がるでしょう。
「世界に通用する和食人」として新天地で挑戦したい方は、ぜひ本記事の情報を参考に準備を進めてみてください。
日本人料理人の皆さんの活躍が、アメリカにさらに和食の花を咲かせることを期待しています。
参考資料:
【1】 日本食ブームと人気エリアについて – Guidable「アメリカ各地で日本食が人気!」(2024年)guidable.co.jp
【2】 日本食レストラン店舗数データ – JETRO「米国における日本食レストラン動向調査」(2022年)guidable.co.jpguidable.co.jp
【3】 カリフォルニアの和食動向 – JETRO「米カリフォルニア版ミシュランガイド、日本食が高評価」(2022年)guidable.co.jpguidable.co.jp
【4】 アメリカで働く寿司職人の実態 – 飲食人大学「アメリカの寿司職人、年収はどれぐらい?」(2024年)insyokujin.acinsyokujin.acinsyokujin.ac
【5】 最低賃金と収入比較 – 飲食人大学「アメリカの寿司職人、年収はどれぐらい?」(2024年)insyokujin.acinsyokujin.ac
【6】 チップ文化と収入 – 飲食人大学「アメリカの寿司職人、年収はどれぐらい?」(2024年)insyokujin.acameblo.jp
【7】 就労ビザの種類と特徴 – さむらい行政書士法人「寿司職人などシェフとして働く場合のビザ」(2023年)samurai-law.comsamurai-law.comsamurai-law.com
【8】 ビザ申請の流れ – さむらい行政書士法人「寿司職人などシェフとして働く場合のビザ」(2023年)samurai-law.comsamurai-law.com
【9】 家族帯同に関して – さむらい行政書士法人「寿司職人などシェフとして働く場合のビザ」(2023年)samurai-law.cominsyokujin.ac
【10】 物価・家賃に関して – NEWT記事「アメリカの物価は高い?日本との比較」(2025年)newt.net
【11】 インフレと物価高の例 – ネイティブキャンプブログ「アメリカの物価は高い?」(2024年)nativecamp.net
【12】 日本食材マーケット – note「世界日本食材市場:アメリカ編」(2024年)note.comnote.com
【13】 食材の価格差 – 在米主婦ブログ「一時帰国で買いたいもの」(2023年)uchiyamaru.com
【14】 オンライン食材購入 – Amekuri「アメリカで日本食が買えるオンラインサイト5選」amekuri.com
【15】 医療費の高さ – 飲食人大学「海外で働くときの注意点」(2024年)insyokujin.ac
【16】 治安に関する注意 – SchoolWith「2024年版アメリカの治安事情まとめ」schoolwith.me
【17】 英語力の重要性 – 飲食人大学「アメリカで寿司職人をするとき求められること」(2024年)insyokujin.ac
【18】 コミュニケーションの重要性 – 飲食人大学「アメリカの寿司職人に向いている人」(2024年)insyokujin.ac
【19】 職場文化の違い – ライトハウス・シアトル「アメリカらしい生活習慣:職場編」(2024年)youmaga.com
【20】 シェフの活躍事例(松久氏) – Forbes Japan「松久信幸という存在」(2019年)forbesjapan.comforbesjapan.com
【21】 シェフの活躍事例(森下昌子氏) – Forbes Japan「日本人女性が米国で新進シェフ賞を受賞」(2024年)forbesjapan.comforbesjapan.com
【22】 シェフの言葉(シアトル加柴氏) – Junglecity「シアトルで活躍!日本人シェフ」(2024年)junglecity.com
【23】 シェフの言葉(シアトル藤原氏) – Junglecity「シアトルで活躍!日本人シェフ」(2023年)junglecity.com
【24】 和食市場の成長予測 – note「世界日本食材市場:アメリカ編」(2024年)note.comnote.com